#498『共感の極意(後編)』

2022-08-01 Mon.

 

以下、動画の文字起こしになります。

言えることは、他人に興味を持つっていうことの面白さを知って欲しいと言うか。

打算でもいいんですよ。

他人にもっと興味を持てば、あんなことやこんな良いことが自分に待ってるのかもしれないっていうとこをスタート地点にしてもいいと思うんだけど、そこからちょっとずつ

  • 「人間ってこんなに面白いんだ」
  • 「なるほど。他人を通じて自分ってこんなに成長できるんだ」
  • 「他人とこんなに本気の通じ合いが出来ると、自分の良いとこも嫌なとこもこんなに見えてくるんだ」

っていういろんな発見や気づきがあるわけですよね。

それがたまらなく面白いんですよね。たまらなくそこに学びがあると言うか。これを経験して欲しいと僕は思ってるんですよ。

なので、この質問の中にあったエピソードですよね。

彼女とデートした時に、運転中に窓ガラスにヒビが入ったんですよね。

デートの後で彼女が修理に行ったんですよね。

でも、それに付き添わずに帰ってしまった。

それを後から反省するってことは、多分付き添おうと思えば付き添える時間の余裕があったはずなんですよ。

そもそも時間がなかったり、別の用事があったとかだったら反省とかしないと思うんですよ。

「しょうがなかった」で片付くと思うんです。

でも、それを反省するってことは「自分が冷たかったな」「付き添えば良かったなー」って思ってるってことじゃないですか。

「なんで付き添わなかったのか?本当に冷たかったのか?」

僕は冷たいっていうよりは「興味がなかったんだ」と思うよ。

彼女に付き添ってあげたらどんなに心強かっただろうか。

でも、別に1人で行けるし、1人で行ける作業をわざわざその人の時間を使って一緒に来て欲しいって言うのもちょっと厚かましいかななんて思ったのかもしれない。

でも、やっぱり一緒にいてあげるよって当たり前のように言ってあげることの、心強さ・頼もしさと言うか、女性にとってどれだけ頼もしいことかなって考えた時に、答えは簡単なんですよ。

だから、僕からするとよっぽど彼女が「帰り道だし、全然1人で行ける。全然大丈夫だよ」って強く言わない限り「じゃあ、気をつけて行ってきて」って付き添う提案もせずに、帰すことは僕だったらありえないすね。

それができるのは興味がないから。この一言に尽きると思いますよ。

反省するんであれば冷たいとかってよりも、興味を持ててなかった自分を反省するのがいいかなって思いますけどね。

これもやっぱり経験なんですよね。

「あの時こうしてあげれば良かった。ああ言うべきだった。あの行動は間違いだったな」っていう失敗経験なんですね。

それって次に活かせるんで。

活かせるって事は、「次は相手にちょっとでも興味を持て」ってことなんすよ。

興味を持つっていう視点で、その反省は生きることが多いです。

興味がある興味がないのスタートラインって、自分が好きか嫌いかとか、自分が共感できるかどうかとか、合うか合わないかっていうのをスタートラインにすると、それは世界が広がらないって言うか、自分自身の器が広がらないんですよ。

自分と考え方が違う人間だからこそ「なんでそうなってるんだろ?」っていうとこに興味を持つ視点を持って欲しいというか、そういう思考訓練はして欲しいですね。

ある程度、思考訓練しないと、なかなかそれってできないことだったりするんですよ。

もともと僕は、他人に興味があったわけでもなんでもなくて、そういう思考訓練と数々の失敗を経験してきたからこそ、興味を持つことができるようになってきたので、これは後付けのスキルですよ。

興味がないと相手が「何を考えてるか」っていうことを読み取る力が養われないっていうのあるかもしれないね。

多かれ少なかれ、みんなそんな感じかなと思うし、完璧にできる人は多分いないと思う。

だって、基本的にみんな自分が一番なんだから。

自分が一番可愛い。自分に一番興味がある中で、その余力でどれだけ自分以外のものに興味を向けれるかっていう話になってくるから、余裕がない人ほど難しい課題かなと思いますね。

だから、僕の話って論理的に理解してほしいって気持ちが強いから、理屈は大事にするんですよ。

「こういう構造だからこう理解してくださいね。結果こうなるでしょう」みたいな話が多いんだけど、僕はほとんどの場合、最後の最後に言いたいのは、「頭でっかちじゃなくて、そもそも論こうなんだから、ここしっかりやれよ。わかったな」っていう結論が多いんですよ。

今回の場合だったら、「そこの問題意識は、具体と抽象の行き来する力っていうところに答えというか大きなヒントがあって、構造的にこうなんだから、その考察は間違ってない」「その分析はさすがと言うべきでしょう」と。

ただ、とどのつまり、そんなことよりも何よりも、そもそも人に興味を持ってないから、そういう問題意識につながってるわけだから、シンプルな話「人に興味を持とうよ」っていう結論になるんですね。

ごちゃごちゃ頭で考えるひと手間やプロセスを、僕は重要視してます。

だけど、ごちゃごちゃ考えて考えて考えて、何か答えが出るっていうんじゃなくて、ごちゃごちゃ考えるというプロセスを経て、最後はゆうても結論はシンプルで、要は俺がこうだったからダメだったんだな。

話はすごくシンプルだな。結局人に興味を持ててなかった自分の余裕のなさが招いた問題だったんだな。

シンプルに反省して次に活かそう。

で、終わる話だったりするんですよね。

孤独感ってキーワードがあったでしょう?

ここと「興味を持つ」っていうのは、めちゃくちゃリンクしてる考え方なんだよね。

孤独感がどんな特に解消されるか。逆にどんな時に孤独感が増幅されるかっていうことを考えてみるとここに行き着くんですよ。

人から興味を持ってもらった時に、孤独感って解消されるでしょ。

逆に人から興味を持たれてないなって思った瞬間、めちゃくちゃ孤独になるでしょう?

怒りとか悲しみとか切なさとか、興味を持ってもらった時の喜び・高揚感とか全部含めて孤独かそうじゃないかなんですよ。

だから、全ての感情の上位概念として孤独感という感情があるって僕は言ってるんですよね。

結局、他人に興味を持つっていうことができない人間は、人の孤独にメスを入れることはなかなか難しいと思うし、それが「提供」だと思うんすよね。

それを最初にしてあげるのか、あるいは人から最初にされるのかの違いであって、興味を持たれる前に最初に興味をもってあげるっていう、最初にその提供ができるのが、MOCの中でいうところのマスターキーホルダーだと思うから、そこかなと思いますけどね。

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