以下、動画の文字起こしになります。
「共感性の限界について」っていうご相談です。
昨年購入したマスターオブコミュニケーションでの、人の潜在的な孤独を癒してあげるマスターキーホルダーになるというお話。
俺がこの教材の中で言ってるのが、人って生まれながらに孤独な生き物だから、誰もが孤独感というものと闘いながら生きてるって話をしてるんですよね。
孤独感って「全ての感情の上位概念」というのが僕の考えなんですよ。
全ての感情は孤独感からやってきていて、そして孤独感に帰結するという風に思っていて、それをお伝えしている講座でもありますね。
だから、この孤独感をいかに理解して、いかにコミュニケーションに活用していくかが、コミュニケーションマスターの目指すところだという話です。
ただこの話自体が、抽象度が比較的高い話なので、やっぱり具体的なたくさんの事例とともに理解していく必要があるわけです。
っていうことを質問の中にも書かれています。
私が、西祖さんがマスターキーホルダーだなと思ったのは、以前のHQ-MiNDの配信音声で、多重人格の女性に関するエピソードを回想されている時でした。
話しましたかね?そんな話、確か・・・。
共感性が薄い人は幽霊に怯えている多重人格の女性の話を聞く時も、どうせ虚言だろとバカにしますと。
そして、結果的に自分の大切な相手の孤独にも気付かずに、そのまま放置してしまうことになります。
でしょうね。
私は多重人格になったり、幼児期に虐待されたり、霊に怯えるという体験を持ったことがないので、自分の体験と重ね合わせることで共感するというのはおそらく難しいです。
私は人が悩みを持っていても、多くの場合クールな反応を取ってしまうことが多いので、本当に良くないなと思います。
より根本的な問題として、私は自分自身の孤独にあまり敏感でない傾向があります。
自分が孤独ではないから、他人の孤独を軽く見積もる傾向があります。
例えば、私は1人でいても全く孤独を感じませんが、多くの女性は1人でいることに孤独を感じたりします。
例えば、以前に彼女とデートをしたのですが、彼女が車で運転している途中で窓ガラスにひびが入ったらしく、デートの後で修理に行ったのですが、私は付き添わずそのまま帰っていってしまいました。
振り返ってみると、自分はとても冷たかったなと反省しました。
最近は自分の感情と重ね合わせられるかはさておき、相手は孤独を感じているのだから、それを癒してあげようという風に、自分と相手を分けて考えるようにしています。
ただし、私のように他人の孤独を概念レベルで理解している人と、西祖さんのように心の底から共感している人とでは、やはり大きな違いがあるなと感じています。
なるほどね。
ちょっとこのエピソードがかなり印象的でしたね。
彼女とデートしている時に先に帰ってしまったっていう。付き添わずに。
ここから色々な教材名が出てくるんだけど、TheTRICKではハンガーに話しかける訓練が紹介されていますが、、、紹介しましたっけ?この話。どこでしょう?本編では紹介してなかったような気がするんですけどね。
どっかで話したのかな。
要するに、ハンガーでもリモコンでも何でもいいんだけど、無機物に話しかけて会話を成立させることが、コミュニケーション上達の1つの手段ですよ、みたいな話なんですかね。
こういった練習も、要は孤独の理解者の話と抽象的なレベルでつながっていることがわかりました。
西祖さんは本当にハンガーに世話になっているという感覚を持っていて、ハンガーのことを気にかけている様子が伝わってきます。
ハンガーに話しかける練習も、誰からも気にかけられない人物の潜在的な孤独を癒してあげるというマスターキーホルダーのあり方が、身に付いているからできるのかなと思いました。
ハンガーなど、「身の回りにある物に世話になっている」という感覚を持つことが、コミュニケーションを学ぶ上の第一歩だなと痛感しました。
「たかがハンガーだろ」とバカにしている人は、目の前の女性にも深いレベルで共感できないのだと思います。
教材THE SPECのプレコンテンツの中で小林さんが語られていた通り、西祖さんの過去のコンテンツは互いに関連のないトピックについて語っていても、有機的に結びついており、有意義な学びを与えてくれているなと感じます。
西祖さんが他人の体験に共感できるのは、1つには抽象と具体を行き来する力があるからかなと分析します。
こうしたSPEC力(具体と抽象を行き来する力をSPEC力とかって言ってるんですけど)は他人への共感にも生かされている気がします。
自分の体験や、人の体験を抽象レベルで似たものとして捉えて、具体レベルでの相手の体験にも共感できるのかなと思います。
例えば、幽霊におびえるとか。この分析は正しいでしょうか。
以上長くなりましたが・・・っていうことですね。
色々と丁寧に話をしてもらってるんですけど、最後の質問にあったように、抽象と具体を行き来する力は、どんな分野においても成功するためにはマストな力だと思いますね。
例えば、スポーツの分野。
サッカーでも野球でもテニスでも卓球でも何でもいいんだけど、この分野で成功するために抽象と具体の力って必要かって問われると、「うーん、本当に必要かな・・・?」ってなるじゃないですか。
だって体を使うスポーツなんだから。でも、必要なんですよ。
彼らの成功が、ただ単に競技やオリンピックでメダルを取ることだけが人生の目的だって言うんだったら、抽象と具体の力はプレイヤーとして現役でいる間は、あまり意識しなくてもいい力かもしれないけど、その人の人生ってそこで終わるわけじゃないですよね。
そこからも続いていくものなんですよ。
だとするならば、アスリートの成功って引退した後にもまだ続きはあって、だとすると自分がスポーツというものを通して何を学んだか。
そこから人生に何を見たかとか、いろんな学びを持っていないと、その後の人生で成功し続けるのはなかなか難しいと思うんですよ。
プレイヤーとしては成功できた人が、現役を引退した途端に人生がどん底に落ちる人っているじゃないですか。
そういう人たちって、多分具体と抽象の行き来がうまくいってなかったような気がするんですよね。
っていうことを考えると、今の考え方自体が具体と抽象の行き来だと思うんですよ。
だから、どんな分野でも成功するためには具体と抽象を行き来する思考力は、絶対に必要だと僕は思ってるんですよね。
ビジネスでも恋愛でも肉体改造でもね。
コミュニケーションという分野で考えれば、この話の中にあったように「共感」というものを自分の中から生み出して、それを相手に共感するっていう形で提供することができるわけですよね。
ビジネスだったら「顧客のニーズを汲み取る」っていうことができるようになったりするわけです。
でも、目の前の具体的なものしか見えてなかったら、
- 「この人は今何に悩んでるんだろう」
- 「恋愛で女性とうまく話せないことに悩んでいるんだな」
- 「じゃあ、女性とうまく話す方法を教えればいいのかな」
って思いがちなんだけど、これだけでは理解不足です。
じゃあ、
- 「なんでこの人は女性とうまくそもそも話したいと思っているんだろう」
- 「この人は今まで女性に対してどんな失敗をしてきたんだろう」
- 「女性に対して最終的にどんな自分でいたい、どんな自分を表現したいっていう風に思ってるだろう」
とかまで思考を巡らせれば、ニーズってもっと深いところまで理解できるんですよね。
それがセールスレターやステップメールとなり、プロモーションの素材に反映されるんですよ。
それが反応率に変わるんです。
そして、反応率が上がったりするんですよ。
だから、抽象と具体の行き来ってめちゃくちゃ大事なんですよね。
筋トレとかだったら体を鍛えるということを通じて、さまざまな学びに結び付けることができるんですよね。
そして、それを実際に活かせるんですよ。
筋トレってきついけど、きついことを敢えてやるってことは自分との戦いだな。
自分という人間力が磨かれるな。
この戦いに勝つことで、己に勝つという日々のやり取りを通じて、ビジネスに活かせるし、自分なりの学びを得ることができるんですよ。
これも全部抽象と具体の行き来の力なので、僕が他人の体験に共感できるのは、1つは抽象と具体を行き来する力があるから。それは間違いないです。
その分析は正しいと僕は思ってます。
抽象と具体を行き来する力は、成功するためにマストだという風に思ってますね。
でも、もっと大事な視点が実はあるんですよ。
もっとシンプルで重要な視点があるんです。
本質は実はそこじゃないんですよ。
かなり本質に肉迫してるんだけど、この力を身に付ける必要があるっていうことは。
でも、そこが1番の本質ではないんですよね。
それは何かって言うと、「他人に興味を持つ」ってことなんですよ。
まずもって、自分以外の人間に興味を持たないと、どんなに具体と抽象を行き来する力が自分の中にあっても、そもそも興味がないから相手を深掘りしようとすら思わないんです。
そもそも何で相手に共感したいのかってことですよ。
なんで、お金をわざわざ払って教材を学んで、そこまでして何がしたいのかってことを考えた時に、それは他人に対する興味ではなくて、自分が何かしら成功したいからだと思うんですよね。
恋愛を学ぶのは他人に対する興味っていうよりは、
- 自分がみじめな思いをしたくないから
- 自分が気持ちよくなりたいから
- 自分を好きになりたいから
- 友達に自慢したいから
- 結婚したいから・・・
じゃあ、なんで結婚したいのか?
社会的体裁が・・・とか色々あるじゃないですか。
結局みんな自分が一番なんですよね。
自分に一番興味があるんですよ。
他人に興味を持つ余裕がないというのが僕の分析ですね。
これは多くの人が抱えている問題です。
「自分にしか矢印が向いてない」っていう言い方もできるかもしれないですね。
ここが僕と多くの人の違いかなと思います。あえて違いをあげるんであれば。
僕は別に共感力があるからとか、いろんな経験をしてきたから共感ができるとかよりは、具体と抽象を行き来する力があるから共感力が高いっていうよりは、他人によく興味を持つんです。
僕は他人への興味が濃いんですよ。
もちろん、自分のことは可愛いですよ。
自分のことが可愛いし、自分の本当に近しい人たちや身内のことが大切ですよ。
赤の他人のことなんて考える余裕はあんまりないですよ。
だけど、それでも目の前の人間に寄せる興味は、僕は多分他の人に比べるとちょっと強いんですよ。
だから、多重人格の女性の話にも耳を傾けることができるし、そこに何があるかって興味があるんですよね。
- なんでこの人はこんな人生になっちゃったんだろう
- 今こんな風になっちゃってるんだろう
- 霊体験って何?
- 俺は霊体験ゼロとは言わないけど、あれって今考えたら俺の勘違いだったかな
とか、いろいろ思えるんだけど、この人はリアルにそういう体験をしてきてる。
どんな風な体験だったんだろう。ちょっと話聞いてみたいな、っていう興味があるんですよ。
そこに共感できない・・・じゃないんです。
違うんですよ。興味がないだけなんですよ。他人に。
他人に興味がないうちは、どんなに教材で共感力を学んだとしても、どんなに具体と抽象を行き来する力を表面的に学んだとしても、それはただ知識が身に付いただけで、共感できないんです。
っていうのが僕の答えなんですよね。
じゃあ、どうやって興味を持てばいいのか?
それはすごく難しい問題ですね。
だって、人間って多かれ少なかれ自分が1番可愛いわけじゃないですか。
自分に1番興味がある。
自分の成功に自分の人生に1番興味があるわけで、自分がいつか必ず死ぬということに対して、その恐怖を何とか和らげたい、そこへの孤独感を何とかしたい。
そこに興味が全集中してるわけじゃないですか。
だから、そんな中で他人に興味を持つ余裕なんて多分誰も持ってないんですよね。
だからこそ、他人により多くの、より強い興味を持ったやつが、どんどん色んな体験ができるんですよ。
色んな経験ができて、結果そこから共感が生まれて、その共感が相手に伝わって、それが結果的に相手の孤独の解消のお手伝いになっていて、相手からは本気の感情の返信が来るというか、感情のレスポンスがもらえるというか、上っ面じゃなくて社交辞令でも何でもなくて。
だからこそ、本物の人間関係がそこで生まれるっていうかね。
本物の人間関係が生まれるから、それを生み出した自分自身がより深くなっていくというか、どんどん魅力的になっていくんですよね。
だから、他人に対する興味をどれだけ持てるかっていうのが、大きな課題だと思ってるんです。
そこをスタート地点にしないと、いつまでたっても共感なんて生まれないと思うし・・・っていうのが僕の考えかなと思いますね。
続く・・・