どうもAunこと西祖です。
最近のトピックなんですけど、GO TOトラベルキャンペーンが今新型コロナウイルスの第3波ですかね。感染拡大地域で大阪市・札幌市に関しては、この割引が12月15日まで適用外になるというニュースを最近聞いてですね。
ちょうどね僕来週大阪に旅行行く予定だったんですよ。三泊でね。ホテルも当然取ってるし、GO TOトラベル使えば、最大で50%ぐらい割引になる訳じゃないですか。「すごい助かるな。ありがたいな」と思って、ちょっといつもよりグレードのいい部屋を選んじゃったりなんかして。
そんな感じの最中に飛び込んできたニュースだったので、「ま仕方ないな」と思ってたんですよね。
そんな時にジムでトレーニングしてる時に、ジムに設置してあるテレビを何げに見てたんですけど、GO TOトラブルキャンペーンについての街頭インタビューみたいな。そういう場面だったんですよね。
ちょうど適用対象外になった地域へ旅行に行く予定にしていた人達に対してのインタビューで、多くの人がもうホテルをキャンセルしましたっていうような話だったんですね。
関係各所ではその対応に追われて、かなり現場は混乱に陥っているという話も出ていました。が、僕はそこで「あれ?」と思ったことがあります。違和感を感じる場面があったんですけど、何人かの方が似たようなコメントしてたんですよ。
どんなコメントかっていうと、
「この割引の機会を有効活用して思い出を作ろうって言っていて、普段は忙しいけども家族とみんなで予定合わせてやっと計画を組んで楽しみにしていた矢先の第3波のニュースだったので、非常に残念だけど泣く泣くキャンセルしました」
っていうことを仰られていたわけです。それを聞いてね「ん?」って思ったんですよね。
思い出を作ろうって言って、忙しいみんなで予定合わせて、せっかく旅行の予定組んでるのに割引が無くなったのは、確かにきついかもしれないけど、それだけ大きなイベントだったら何でキャンセルするだろうなって思ったんですよ。
正規料金を払ってまで別に欲しい思い出でも何でもないっていう話だったら別にいいんですけど、でもその方の言い方を見る限り、そんな感じでもなくて、本当に楽しみにしていて、もう一生の思い出に残るんじゃないかぐらいの勢いで熱弁していたので。
「え。行けばいいのに・・・」と思っちゃいました。まあ、余計なお世話なんだけ、僕はその人を別にして否定するつもりも、批判するつもりもなくてですね。単純に疑問に思ったんですよ。
あと、最近もらった読者さんからのメッセージを思い出しました。僕これは昔はよく言ってた話なんですけど、僕のLINE公式アカウントに登録すると、無料講座が流れていくんですよね。
その無料講座の中でも話してるんですが、理想の自分になりたければ、自分の頭の中に明確にある理想をもう既に自分は体現しているつもりかのように普段から振る舞ってみるっていうことを僕は言ってます。
その話を聞いてそれに対する感想を最近送ってくれた読者さんがいたんですけど、そのことを思い出したんですよね。何が言いたいかって言うと俺だったらキャンセルしねえなと思ったんですよ。
今回の旅行も大した旅行じゃなかったら、どうせ割引も適用されるし、ちょっと行っとくかぐらいの感じだったら、面倒くさいからもうキャンセルしよってなるかもしれないけど、僕はどうでもいいような旅行とか行って時間潰したりしない派なんで。
旅行ってなると、もう本当に一生の思い出に残るぐらいの勢いで行くんですよ。だから割引は嬉しかったけど、その割引がなくなろうが、正規料金に戻るだけなんでね。僕はキャンセルするという選択が絶対ないです。
だけど、多くの人はそうじゃないのかなという風に感じることだったんですけど、何が言いたいかという、この旅行の話はただの一例なんですよ。
そういう人結構多いなと思ってます。
目先の損得に踊らされて、本当に自分が得たいもの大事にしたいものっていうのが、2の次3の次になってるっていうね。
だってその人にとっては家族旅行に行くっていうことは、何事にも代え難いことだったんじゃないかなと思うわけです。
だけど、旅行代金の宿泊費のの割引や地域共通クーポン券が無くなったから、キャンセルした訳ですよね。何が大事なのか?割引額の方が思い出より大事だったのか?よく考えるとそうじゃないと思うんですね。
ちゃんと考えもせずに目先の損得とか目先の利益利害だけで判断する人って結構多いし、僕的には理想の生き方・理想のあり方でも何でもない訳ですよ。
で、こういう話を僕がすると、「いやそんなのはあなただから言える話でしょ」と。「あなた余裕があるからそんなこと言えるですよ」「多くの人は余裕がない中、何とか生活をやりくりしてる人が少なくないし、旅行だっていつもそんな行けないですよ」と。
って言われるかもしれないけど、いや違うから。僕は昔からやってましたから。お金がなかった20代のころからね。当時僕にも理想がありました。
こういう大人になりたいなっていう理想があって、その理想に近づくためには自分自身がもう既にそうであるかのように振る舞わなければならないだっていう意識もあったので、やっぱり考え方も行動もそういう風に振る舞ってたんですね。
だから、多少無理してでも、目先の損得だけじゃなくて本当に大事なものは何かっていうのを選ぶっていう訓練をしてきた訳ですよ。そこに行き着きたいのであれば、たとえその道中何かしらで障害物が現れたとしても、一瞬つまづいたとしても、そこに行きたいのであれば行動を止める理由にはならないっていうことなんです。
だけど、本当にそこに行きたいのにも関わらず、ちょっと障害物が現れただけで、そこに歩みを止めてしまう理由になってしまうというのは、すごく違和感を感じるし、多くの人がそういう風に短絡的思考って言ったらちょっと怒られるかもしれないけど、こんな風に生きているのかなっていう風にちょっと思いましたね。
だから、僕が無料講座で言った「もう既にその理想であるかのように振る舞う」っていう提案に感銘を受けた人はわりと多いんですよ。今もこれまでも結構色んな感想をもらいます。
ただ、頭の中では色々考えることができるんですよ。理想通りに。だけどいざ自分にそういうチャレンジや痛みを伴うような状況になると途端にそういう思考もできなくなるし、行動も全くできなくなるって人は結構多いです。
だから、頭でただ考えて理想を思い浮かべろとかイメージしろとかっていう話じゃないですよね。余裕があるからそういう振る舞いができるっていう意見もあるかもしれないけど余裕があってそういう振る舞いができるのは当たり前なんですよ。
もう染み付いてるってことなんでね。これはこれでいいと思います。だけど大事なのは自分がまだそのレベルではないし、余裕もそんなにないんだけど、意識的にそういう振る舞いができるかどうかっていうチャレンジ。
これが大事だっていうことを僕は言いたいです。
というわけで、今回は以上。
ありがとうございました。
#325『自分が、もうすでに理想の自分であるかのように振る舞う』