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#431『人に尽くすことの落とし穴』

2021-12-03 Fri.

どうも、Aunこと西祖です。

HQ-MIND始めていきます。

今日は「人に尽くすことの落とし穴」という話をしたいと思います。

最初に僕の残念な親父の話を聞いてください。

親父に関しては、これまで色んなとこで話してきましたが、また病気が出てまして、お袋と大喧嘩をしていて、もう離婚っていう年齢ではないけど、いよいよ別居かっていうところまで話が進んでいるわけです。

僕はお袋に「もう家出たらいいじゃん」「家の近所で探すから」「それまで家にいたらいいし、もう実家はあのくそオヤジに譲って出なさい」「もう我慢するのやめなさい」って話をしてるんですよね。

これまで何度も同じような喧嘩が勃発してるんですけど、今回何でそこまでの喧嘩になったのかっていう話で、僕はまだ10年はならないと思うけど、それぐらい前からずっと毎月仕送りしてるんですよ。

仕送りっていうか、会社から給料という形で出しています。役員報酬という形でね。

それで彼らは生活をしていってるわけです。

で、お袋はもう昔から足が悪い中、足を引きずって立ち仕事やってきたから、足がボロボロなんですよ。

両足の股関節と膝に人工関節が入ってます。

左足の膝は最近手術終えたばかりで、もうボロボロなんですよ。

だから、もう早くに仕事は引退させて、隠居生活に入ってもらってるし、親父もずっとタクシー運転手やってたけどそれも引退させて、今では韓流ドラマを見て、夜は友達とカラオケに行って・・・というような悠々自適な生活を送っているわけです。

で、その親父がお袋との会話の中で、「幸平は俺たちをこき使わないと損ぐらいに思ってるからなぁ、あいつは。ははは」みたいな話をしてたらしいんですよ。

どういうことかって言うと、週に3回両親が家に来て掃除をしてもらってます。

床の掃除機がけと、外の窓の窓拭きが親父の主な仕事になっているみたいです。

役割分担は任せてますけどね。

で、週3回です。

時間にして3時間ぐらいやってるんですよね。

息子のフリースクールの送り迎えもあるんですけど、僕としては別にいいんですよ。両親じゃなくても。

僕は掃除をするのは好きだけど、その時間がもったいないんで、両親がいなければ家事代行にお願いするんですよ、そんなもんね。

だけど、両親は時間があるし、体を動かしてないとなまる一方だし、週3回孫にも会えるし、僕とも顔を合わせることできるし・・・っていうことで、良いリハビリにやるんじゃないかっていうことで、それをやってもらってるんですよ。

お袋は良くそれ分かってる。

だけど、親父は全然分かってなくて、何度言ってもそういうことは理解できないらしいですね。

なんか、「使われてる」っていう風に思ってるのかな?

「俺たちをアゴでこき使う」とか「俺たちを使わないと損だと思ってるから、あいつは」って、なんか悪気があって言ってるような感じではないんですよ。

なんか何も考えずにそういう思ったことをパッと口に出しちゃうような、ちょっとアホなんです。言うたらね。

昔からそんな感じです。

それでお袋が「それは聞き捨てならん」ということで頭にきて、「あの子が私たちに何を普段からしてくれてるのか。あんたまだその自覚がないのか」って言って、大喧嘩になってるっていう事なんですね。

まあ、それはいいとして、僕としては親孝行をしてはいるつもりです。

まだまだだとは思ってます。

もっとできることがあるんじゃないかな、と思っているんですよ。

とはいえ、もうずっと尽くしてきた感はあるんですね。

なのにそんな言い方されると、やっぱりいい気持ちにはならないじゃないですか。

だけど僕は別にそれでいいと思ってるんですよ。

この親孝行に関してはやりたくてやってるんです。

親孝行って自分で言うのもちょっとあれですけど、便宜上親孝行って言葉使わせてもらうと、やりたくてやってんですよ。

だから別にどう思われようがいいんです。

やれることやらずに、このまま親が死んだ時に後悔するのが嫌で、今やれることやってる。

ただそれだけなんですよ。

親だけじゃなくて、息子に対してもそうです。別に息子に今感謝されなくてもいいんですよ。

これから何年か先、何十年か先に「親父がしてくれたことはあれだけ大きなことだったんだ」ってちょっと思ってくれたら儲けもんぐらいな感じで、別に一生思ってくれなくてもいいんです。

親に関しては死んだ時に僕が後悔したくない。

息子に関して、僕の願いはひとつだけで、元気に健康にまともに育って大人になってくれたらそれでいいんですよ。

僕の彼らに対する願いはそれだけなんです。

だけど、他人に対しては違います。

人ってそういうものなんですよね。

最初はしてくれてる事にすごく感謝するし、本当にありがたい気持ちになる。

「尽くしてくれてありがとう。こんなにしてくれてありがとう。ほんとにもうずっと感謝し続けるよ」っていう気持ちになるんだけど、次第にそれが当たり前になってしまうんですね。

してもらうことが当たり前ってなってしまうんですよ。

なんならそれが当然の権利だって考えるようになるんですよ。

親父なんてそうですよ。

僕から毎月給料が出てる。そりゃ自分がもらえる当然の権利だって考えてるから、ああいう発想が出てくるんです。

自分はこの息子を作って、今まで育ててきた。その恩恵が今返ってきてるぐらいに思ってると思います。

最初は違ったんです。

感謝の言葉も出てきてました。

でも、それだけ変わるって事です。

うちの親父に限った話じゃない。人ってそうなんですよね。

最初は感謝するけど、だんだんとそれが当たり前になっていって、それが普通になるんです。

一度上げた生活水準をまた下げてしまうってのは、すごく難しいってよく言われるじゃないですか。これと同じなんですね。

尽くされてることに、尽くしてもらってることに慣れてしまう。するとそれが当たり前になるんですよ。

そして、それ以上のことをしてもらうことを要求し始めるんです、人って。

で、それをしてくれないと今度は不満が出てくるんですよ。面白いですよね本当に。

最初は「こんなにしてくれるの?ありがとう」って感謝してくれてたのが、「なんでもっとこれだけしてくれないんだ。あれもして欲しい。これもして欲しい。何でしてくれないの?」って文句言い出すんですよ。

面白いですね、人間って。

でも「それでもいい」と思えるぐらい大切な人だったら、特別の人だったら僕は良いと思います。

やってもらって当たり前っていう感覚になられても構わないっていう人には、どんどん尽くしたらいいと思うんですよね。

子供とか親とか恩人とか。

でもそういう人って少ないじゃないですか。

だから問題なんです。

感謝って立派な対価なんですよ。

やってあげてる側としては、最初の感謝がいつまでも欲しいんです。

別に損得勘定がどうとか、見返りが欲しくてどうとかっていう場合じゃなくても、感謝ぐらいして欲しいじゃないですか。

当たり前にはなられたくないじゃないですか。

だけど、そうなるんですよ。

してもらってる側は、最初の感謝ってのはどんどん薄れていくんです。

これは大抵は抗えない流れです。

だから、尽くす側と尽くされる側では、すごい温度差があるんですよね。

なので、そうなったら許せないっていうような相手には注意が必要だと思います。

やってもらって当たり前。

これが許せないような相手なら、初めからちゃんと考えて一線を引いて、何でもかんでもやってあげないことが大事かなと思います。

で、やってもらってる側としては最初の恩はできるだけ忘れないようにしていった方がいいですよ。

そういう人たちがたくさんいる世の中だからこそ、いつまでも最初の恩忘れずにずっと覚えてくれている人、ずっと感謝し続けてくれている人に価値があるんですよね。

何かをやってもらってる、尽くされてるほうが弱者とか、立場は弱いとか言うつもりはないです。

やっぱり世の中人間関係で成り立ってるんで。

だけどいいんですよ。

してもらってるいいじゃないですか。尽くされてもらっていいですよ。

それだけの関係性が相手とあるんだから。

だけど、最初の恩はできるだけ忘れないように努力したほうがいいと思います。

これは努力が必要なことだということも、知っておいた方がいいと思います。

それができたんであれば、これからもこれまで以上に、相手にもっと尽くしてもらえるんじゃないかなという風に思います。

ということで今回は以上。

ではまた。

ありがとうございました。

#431『人に尽くすことの落とし穴』

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