どうも、Aunこと西祖です。
HQ-MIND始めていきます。
今日は「愛のある厳しい言葉と、相手を傷つける心ない言葉、その境界線はどこにあるのか」というテーマで、頂いた質問に答えていきたいなと思います。
まず、質問を読み上げます。
メンタリストDaiGo氏のホームレスへの差別発言炎上の件です。
この炎上を受けてDaiGoさん以外にも「辛口でズバズバ物を言います」とか「スパルタ指導です」とか、そういった指導者達がちらほら散見されるんですが、僕の勝手な感想はその文章自体が教育者として間違っているように思えてなりません。
というのも、そういうこと言う人は「問題を抱え、悩み苦しんでる人を理解しよう」なんて姿勢は一切無く、心ない傷つける言葉をズバズバ浴びせているようにしか見えない場合が多いからです。
僕は相手の自尊心を傷つけるのは、ほとんどの場合バツだと思っています。
なぜなら、人は自尊心が傷つくと動けなくなる、その結果人生を良くするための努力もできなくなる、結果人生は変えられない、みたいな負の考えが染み付く、といったネガティブループに相手をはめてしまうような気がするからです。
僕が過去にそんな体験をしました。
しかし一方で、本当に厳しいんだけど、愛ある言葉ってあると思います。
言われた時はすごく反発を覚えたけど、あの時あなたがそれを言ってくれたから、俺は人生を変えられた、みたいな言葉です。
愛のある厳しい言葉と、相手を傷つける心ない言葉、その境界線はAunさんはこれまで多くの人と出会ってきてなんだと感じますか?
僕も指導者の端くれとして、ここの理解をしっかりしておきたいです。
ということですね。
もちろん、いたずらに自尊心を傷つける行為は、どんな場合においても駄目だ、ということは僕も同意しますね。
だけど、厳しくすることとか、辛口でものを言うこと自体は、悪いことではないっていう風には思ってるんですよね。
例えば、個別コンサルをお願いされた場合の話をします。
コンサル契約でもいいし、スポットでも何でもいいんだけどね。
分かりやすく契約にしましょうか。
コンサル契約をした場合ですね。
クライアントさんには目標があるわけですよ。
で、そのための指導をこっちは任されたっていう状況ですよね。
その人が僕を選んでくれたわけですからね。
ていうことは、その人が結果を出すということが第一目標、と言うかそれが全てじゃないですか。
結果を出すためにお互い手を結んだわけだからね。
そのために必要なことって、やっぱり言わなきゃいけないんですよ。
で、相手がそれを理解していなくて、目標に対してマイナスの方向に進んでいるっていう状況だったら、厳しく指導する必要も出てくるでしょう。
それは、その人にとっては耳の痛くなるような話、言葉かもしれないし、歓迎し難い態度かもしれないですよね。
ただ、指導を任された以上、指導っていう言葉が適切かどうかわからないけど、コンサルを任された以上、こっちは自分なりに精一杯尽くす責任があるわけですよ。
だって、目的はその人と仲良しこよしになることじゃないから。
その人が結果を出すことが目的なわけですよね。
例えば、僕はレスポンスって早い方がいいと思ってるんですよ。
これは、以前「レスポンスは早い方がいいよ」って話をHQ-MIND Proの方でしたんですよね。
レスポンスが遅いと、いろいろとデメリットが多いって話なんですよ。
レスポンスは、こっちの質問に対しての回答の速度ですよね。
で、凄いレスポンスが遅い人っているんですよね。
例えば、質問がきました。こっちは即レスで返しました。
それに対する返信を朝返したんだったら、その日の夜の11時とか、あるいは1日またいで翌日の午前中とか、遅い人だと2日後とか3日後とか、めちゃくちゃ遅いんですよね。
で、それっていろいろデメリットが多くて、例えば内容をもうこっちが忘れてしまうとかです。
こっちはクライアント1人じゃないわけですから。
あとは、信頼関係が深まってくると、っていうかレスポンスのテンポがお互い良いと、なんか聞かれたこと以上に価値のある情報をポロポロ出しちゃうってのがあるんですよ。
それは無意識のうちに。
ていうことも無くなってくるし、あるいはそのクライアントと指導者という関係が、それ以上深まらないっていうのもあって、結果的に速度が遅くなってしまうんですよ。
目標達成まで速度が遅くなるとか、いろんなデメリットがあるわけですよね。
で、僕はその人の生活スタイルがあると思うから、それを尊重したいと思うから、「レスが遅いよ」みたいな事ってあんまり言うことないんですけど、あまりにも目に余るような状態が続けばそれは言います。
コンサル関係が成立している以上言います。
その人の目標達成にすごく遠回りしてるっていう風に僕が思うからね。
とかいろいろなことがあるんですけど、考え方とかやり方とか価値観とか、言葉の受け取る言葉の解釈とかは、人それぞれ違うじゃないですか。
こっちが何気に使った言葉が、その人を落ち込ませてしまったり、傷つけてしまったりするってこともあるかもしれない。
でも、それが人間関係じゃないですか。
そんな不安定な人間関係の中で、コミュニケーションとっていかなきゃいけないわけですよ。
だからこそ、僕は最初にその辺りのすり合わせをしておくってことはすごく大事だと思ってる。
例えば、コンサルをするんであれば一番最初に「あなたの目標達成にそぐわないと思われる考え方とか行動がみられた場合、それを遠慮なく是正していきます」と言うとか。
「でも、それは全てはあなたの目標達成のためであって、あなたが個人的に嫌いだからとか憎いからとかっていう理由で、それを言うってことは100%ありません」と。
「だから安心してください」と。
「後にもひかないし、あなたのこと嫌いなったりしないし、そういうことを含めて、僕にコンサルお願いしたいと思ってもらえたらいいんじゃないかな、と思います。」みたいなことを最初にきちんとコンサル契約交わした人に言うようにしてますね。
昔はここまで配慮できなくて、ていうか勝手がわからなくて、僕の意図を間違った風に解釈しちゃって、それで嫌われたと思って、だんだんと連絡が少なくなっていったりとか、そうやって離れていった人もいるしね。
そういう失敗を踏まえて、僕はそういう風にしてます。
ていう話は、あくまでそれが先生とかメンターだった場合ってことですね。
そういう場合であるなら、辛口でズバズバ物を言いますよって言っても、別にスパルタ指導ですよ、って言っても全然いいんじゃないかなと思いますね。
で、質問者さんが「そういうこと言う人は、問題を抱え悩み苦しんでいる人を理解しようなんて姿勢は一切なく、心ない傷つける言葉をズバズバ浴びせているようにしか見えない場合が多いからです」っていう風に言ってるんだけど、そういう人も当然いると思うんだけど、そうじゃない人もいますよね。
そうじゃないと感じる人もいるんで、フラットに見れば、ただそれだけの話なんですよ。
分かりますかね?
一概に、こうとは言えないしね。
自分が嫌だなと、感じ悪いなーって思う言葉を使うその人がもし YouTuber とかだったら別に見なければいいだけだし、なんかテレビとかから聞こえてきたら、テレビを消せばいいだけ、耳を塞げばいいだけじゃないですか。
自分とは関係がない人が言った言葉、例えば一インフルエンサーが言ったことに対して、自尊心が傷つくっていう経験を僕はしたことないから、「なんかこいつムカつくな」「嫌だな」って思うことは当然ありますよ。だけど耳を塞ぐだけです。
だから、そういう人は別に無視してればいいんじゃないかな、と思いますけどね。
で、質問で「愛ある厳しい言葉と相手を傷つける心無い言葉、その境界線は何だと感じますか?」ってところですね。
例えば、「個人的な感情とか好き嫌いだけでものを言っていない」っていうことだと思うんですよ。
ここが境界線の一つかなと思いますね。
ホリエモンとかDaiGoさんとかは、この気がちょっと強いのかなって感じます。
前回、超独善的な人っていうところでこの2人をあげましたけど、独善的な人ってやっぱり好き嫌いが激しいし、自分が正しいと思ってるから、嫌いな人とか間違ってるって思ってる人は、とことん相手に配慮なく糾弾するんですよ。
だから、感情とか好き嫌いだけでものを言ってる人の言葉は、話半分とかでいいんじゃないですか。
真に受ける必要ないしね。
言うても、人間誰しも好き嫌いはあるわけで、好みだって人それぞれ違うわけですから、いちいち人の言うこと真に受けて傷ついてたら身が持たないですよね。
そういう意味で、強い心を育んでいくってことは大事なのかな、と思います。
あと、辛口キャラブランディングを売りにしている人っていると思うんですけど、そういう人達はあんまり考えず発信している所はあるなと思っています。
こういう人って言った後で、なんかちょっと批判が集まったり、炎上したりして後悔してるって事が結構多いかな、と。
要は、キャラだろうがなんだろうが「言ってはいけないことがある」ってことを忘れてしまってるんですよ、こういう人って。
これまでの人生の中で、そのキャラでいることによって得することとか成功体験とかがあって、それで実際にそのキャラとして受け入れられて、しかもファンがついてくると日常的にそれをやるし、それが染みついてしまうから、善悪の区別がつかなくなるんですよね。
言っていいことと悪いことの区別がつかなくなるんですよ。
DaiGoさんとかホリエモンさんとかは、こういうパターンかなと思ってますけどね。
だから、お互いの目標達成を第一に考えての厳しい発言だったとしたら、それは許容されるべき、と言うかお互い尊重し合って、理解する努力をするべきかなと思いますね。
指導する側の目標としては、その人の目標達成のお手伝いをすること。
受ける側の人の目標は、自分の目標達成することじゃないですか。
そこで利害が一致してるわけですから、そのために必要な言葉や必要な態度は、お互い受け入れあうべきですよね。
で、愛ある厳しい言葉っていう表現をしてるんだけど、そこに愛が必要かどうかはあんまり関係ないと思っています。
なぜなら、愛ゆえに相手を傷つけてしまうということは、よくあることだからです。
愛が深すぎれば深すぎるほど傷つけてしまう、男女は特にそういう関係に発展します。
なので、とりあえず見るべきは「お互いの利害が一致してる事」が第一条件なんじゃないですか。
しかも、そこにお互いに尊重し合っていて、理解し合えているということがあれば望ましいかな、って思いますね。
そういう関係以外の人からの言葉は、別に真に受ける必要はないし、自分でフィルタリングしてやっていかないと生きにくいですよね、って話ですね。
ウィルスソフトみたいなもんじゃないですか?
ただ、どうしても合うor合わないってあると思いますよ。
僕は結構本気でやろうと思ったら厳しい言葉も言うし、それは相手の一時的なストレスになるとわかっていて言うんですよ。
ガツンときつく言わないと気づけない事ってあるし、なんなら傷つかないと気づけないことも中にはあるし、そうしていく中で自分がチョイスした言葉が、「果たして適切だったのかどうか?」は検証しなきゃいけないと思いますよ。
適切じゃなかったって言うんだったら、こっちが反省すべきことなんだけど、そうやっていく中でどうしてもお互い許容できない、と。
合わない、と。
この人の言葉が気に入らない、と。
この人は自分のためを思って言ってくれてるんだろうけど、そんな言い方しなくても、と。
自尊心が傷ついて苦しい思いをしてしまう、って言うんだったら離れた方がいいと思います。
で、言う側も、「いや、こんなことで何で傷つくの?」「でも、これって言わなきゃいけないことだよね」「気づかなきゃいけないことだよね」「じゃあ、あなたはこれ以外の言葉で気づけるんですか?」っていう、どうしても相手のことが理解できない、使えないって言うんだったら、それもまた離れるべきだと思うしね。
っていう感じですかね。
これが僕の見解ということで、よろしいでしょうか?
ということで、今日は以上にします。
ではまた。
ありがとうございました。