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#385『俺の野心の火種』

2021-06-25 Fri.

どうも、Aunこと西祖です。

HQ-MIND始めていきます。

今回のテーマはキーワードがいくつかあるんですけど、主に「モチベーション」。そして「目標達成」「自己実現」といったところになるでしょうか。

このテーマで改めて話そうと思ったきっかけがあって、僕は良く言ってる自分自身のエピソードの中に、すごい成績も悪くて学生時代は。スポーツも特にできるわけじゃない。

吃音を持ってて、なかなかコミュニケーションもままならない。

そんな自信も何もなかったような男が、なんかちょっと野心めいたものがあったわけですね。

いつも心の奥底で燻ってる何かがあって、「俺もいけるんじゃないか?」「なんか成功できるんじゃないか?」「何かやり方があるんじゃないか?」という野心みたいなものがあったんですよ。

それが開花するのは、ずっと何年も後の話になるんですが。

ただ、「なんであの状態の自分に、あんなものがあったんだろうか?」というのがずっと不思議だったんですね。

当時は別に本を読む習慣もなかったし、今みたいにインターネットなんてないから成功者の考えに触れるなんていうこともできなかったし、やらなかったしね。

でも、「これなんじゃないかな?」というのが1つ見つかったんですよ。というか思い出したんですよね。

高校生の時だったと思いますけど、テレビで「中卒社長の特集」みたいなことをやってたことがあったんですよ。

その人は中卒で学業の方でも落ちこぼれだったと。特に何か能力があったわけでもないし、スポーツもできなかった。ここまでで言うと自分と一緒ですよね。

だけど、その人はちょっと詳しいこと覚えてないんだけど、若くして起業して、事業で成功して立派な人生を送っていると。社会貢献もしてるしね。というような特集をやってたんですよね。

それを見て「この人に学歴はないのか」と。周りは学歴を重要視してる。周りの同級生たちも、一生懸命勉強してると。勉強して良い評価をもらって、良い高校に入って良い大学に入って良い会社に入るという、ブループリントがあるわけですよね。親も教師もそれを押し付けてくるしね。

「でも、この人は違う」と。

自分よりも随分と年上なんだけど、これだけ成功している。中卒なのに。

っていうところで「何なんだろうな」「何が違うんだろう?」「逆に自分に足りないものは何なんだろう?」って考えたことがあるんですよ。

それを思い出したんですね。

「勉強じゃない」と。「学歴じゃない」と。「他の何かがあるんだろう」というなことを結構一生懸命考えた。

それぐらい衝撃が強かったということを、ふとしたきっかけで思い出したんですよね。

今思えばこれが僕の不可解な野心の種だったのかもしれないなと思いました。

それ以外に原因が思い当たらないんですよね。そこに僕は希望を見出したんだと思うんですよ。

というところで、色々考えてました。

というわけで、まずはモチベーションの話をしたいと思います。

これは何度も言ってきたことなんだけど、おさらいになるかもしれないけど、みんなモチベーションという言葉を誤解して使ってるんですよね。

「やる気」とか「意欲」だと思って使ってるというところがあると思います。

「モチベーションが続かない」「モチベーションが上がらない」「モチベーションを失ってしまった」とかね。

それイコール、やる気や意欲が「湧かない」とか「続かない」とか「失った」とかって言ってるんですよ。

正しくは「やる気」とか「意欲」ではなくって「動機」ですね。

英語では動機って訳されるわけですね。

「やる気」と「動機」とでは意味が全く違うんですよ。

分かりますか?動機がある状態というのは、それは言い換えると「必要性がある状態」です。

だから、つまりモチベーションが高い状態というのはどういう状態かってというと「必要に駆られている状態」だということですね。

多くの人というのは必要性が目の前に迫ってないと、強い動機に繋がらないわけですよ。

自分の生活もままならない、満たされていない、そういう人間が「世の中良くしたいな、頑張りたいな」っていくら思ったところで、それは現実行動に落とし込めないんですよね。

僕なんかも、さっきもちょっと触れましたけど、学生時代というのは全く勉強できなかったし完全な落ちこぼれですよね。

だけど、周りの同級生たちは良い点数を取るために、良い点数を取る「必要に駆られていた」ということなんですね。

偏差値とか、親の評価、教師の評価、周りの同級生からの評価とか。

内申書、良い高校に行って、良い大学に行って、良い仕事について=良い人生を送るというね。

それが出来上がってたので、そこにすごい強い必要性を感じていたわけですよね。

だからそこにモチベーションがあったって言えると思うんですけど、僕はそこに全く必要性を見いだせなかったんですね。

「だから最先端だろう」とか「偉いだろう」とかってそういう話では全然なくて、完全な落ちこぼれですよ。焦りもしましたよ。周りは勉強してるからね。

だけど、勉強の仕方もわからないし、良い点取れないし諦めてたんですよね。

いくら頑張って高校に入ったとしても、「そんな中途半端な学校に行ったって、人生大して変わらないじゃん」ってどっかで思ってました。

そんな時にさっき言ったテレビを見たんだと思うんですね。中卒社長の特集を見たんだと思うんですよね。

それから時は流れ、大人になってたくさん勉強をしたんですよ。

自己啓発みたいなものから入って、そこから結構ハマって、成功哲学やら、なんかスピリチュアル的なものまで、たくさん本を読み漁って、営業ノウハウだったり、マーケティングだったりね。

独立してからはマーケティング・コピーライティングあとWebサイト制作みたいな勉強を常に僕はし続けています。

僕と当時の同級生達の違いって何かな?って思った時に、同級生たちは大人になると勉強をやめたんですね。僕は大人になって勉強を始めたんですね。どっちが偉いという話ではないですよ。

みんなは今何やってるかというと、勉強ではなくって別のことを一生懸命頑張ってるわけですよ。

なんで僕が大人になって勉強を始めることができたかというと、なぜならそこに動機があったからです。

勉強しないと営業で成果出せないんですよ。上に立っても人のマネジメントができないんですよ。知識がないとリーダーとして認めてもらえないんですよ。キャリアも積めないし、出世もしない。給料も上がらない。自己評価も低いまま。

「じゃあその先には?」って考えて、「平凡な人生しか待ってねーな」って。

ここにすごい焦燥感を僕は煽られていたんですよね。

これ大事なこと言うんですけど、人ってやる気がなくても動機があればやります。

強い動機さえあれば、やる気とか意欲とか関係なしにとりあえず渋々でもやるんですよ。

動機が無くてやる気だけ、フワっとあったとしても、そんなもん一瞬で消えるんですよね。

さらに言うと、動けばやる気が湧いてくるんですよ。

やる気がなくても動機さえあれば動けます。渋々でも。そして動けばやる気が自然と湧いてくるんです。

僕昨日ジム行ってきましたけど、週3回ぐらいジム行って、あと1回2回ぐらいは自宅でちょっとトレーニングしたりしてるんですけど、ジムに行くのって結構だるいんですよ。

僕は本当に喜んでジムに行ってるとみんな思ってるかもしんないけど、「筋トレが僕のライフワーク・趣味だ」って言ってるし「4年ぐらい続けてる」とか言ってるから、喜んで行ってると思ってるかもしれないけど、やっぱり結構だるかったりきつかったり面倒くさかったり、という気持ちはずっとあるんですよね。

だけど、僕そこに強烈な動機を持ってるんですよ。

「せっかく得た筋肉を失いたくない」「もっとかっこよくなって、もっと魅力的になりたい」「もっと良い評価をもらいたい」「なにより一度手に入れた筋肉を失いたくない」という気持ち。

「もったいない」という気持ち。これが強い動機になってるんですよね。

他の自己管理能力がどうとか、自分を律する力がどうとか、そんなものは多分二の次ぐらいなんですよ。だからジムに向かうんです。「めんどくせーなー」と思いながらジムに向かってるんですね。

でも、やる気がなくてめんどくさいなと思いながらも、動いてるじゃないですか。動いて、「だるいなあ」と思いながら始めると、だんだんとやる気が湧いてくるんですよ。

で、気づいたら1時間半とか2時間とかトレーニングに没頭できてるんですよね。

そういうものです。

動機が強ければ強いほど、行動の最優先にそれが来るんですよ。

めんどくさくても、きつくても、だるくても、Netflix見たくても、YouTube見たくても、なんだかんだイヤイヤでも、それをやるんですね。

みんな「めんどくさい」とか「きつい」とかそういう気持ちがあることをなんかモチベーションが低いとかって言ってるかもしれないけど、そんなもの誰だってあるからね。

あるんですよ。

あるか無いかでいうと「動機」です。

「動機があるか無いか」というのはあると思います。

「めんどくさい」「きつい」そういう気持ちは誰だって持ってる。

で、それをやればやる気が湧いてくるんですよ。「やる気があって行動」じゃない。そんなもの絶対に続かないんですね。

動機があって行動、からのやる気。これを理解する必要があると思います。

この理解が物事を継続するためには、目標を達成するためには必要になってくるということですね。

なので、いかにして強い動機を作るかということが課題になってくるでしょう。適当に考えた動機は機能しないですよ。意味がないんですよね。

「じゃあ今ガリガリだから、少しは筋肉つけれたら良いなあ。なんかじゃあ筋トレでもしようかな」ぐらいの軽い気持ちでふわっと湧き上がってきたような動機ってそんなもの動機じゃないんですよね。

強い動機というのは、しっかりと自分自身と向き合わないと、生まれてきません。

自分自身と向き合うというのは「考える」ってことです。

何を考えれば良いかっていうと、「何を手に入れたいのか?」「何を失いたくないのか?」「これをやり続ければ、自分は未来においてどうなっているのか?」「これをやらない今のままの生き方だと自分は将来においてどうなっているのか?何を失っているのか?」ということを、真剣に考えるということなんですよ。

僕がオススメしたいのは「自分は何を失いたくないのか?」「このままいくと自分はどうなっているのか?」「どんな好ましくない人生が待っているのか?」という「ネガティブ要素」から中心に考えていくということですね。

「得られる」って言うことよりも「失う」という視点で考えたほうが何倍も動機としては強烈です。

ほとんどの人の動機の9割はネガティブで構成されてるんですよ。

人それぞれというか、その人に生きるステージによってそれは変わってくるんだけどね。

高次元に生きてる人は色んな目標達成してきて、色んなものを手に入れてきて、色んな経験してきてという人は、動機のほとんどをポジティブが占めているかもしれないけど、特に「これからやっていくぜ!やってやるぜ!」という人の動機の9割はネガティブですね。

これもよく言うんだけど、「これやったら100万円稼げますよ」って言われても「おーすげー!」と思うけど、誰もやらないじゃないですか。

100人いたら10人ぐらいしかやらないんですよ。その10人の中の1人くらいが成果を出すんですよね。そんなもんです。

だけど、「今あなたの家に泥棒が入って、あなたの家の金庫の中にある100万円、そのまま持っていかれようとしてます」という情報が入ったとするじゃないですか。

そしたら100人いたら、どうですか?100人が100人多分向かうと思うんですよ。

あるいは警察に連絡して「すぐ向かってください!」って言って。当然自分も何かしら動きますよ。100人が100人それやると思うんですよね。そんなもんですよ。

だから「何かを得られる」という期待よりも、「何かを失うんじゃないか」って恐怖の方が動機として強く働くので、最初はそのネガティブパワー、ネガティブエネルギーというのを使っていきましょうというのが、僕は昔から主張してるやり方ですよね。

そうやって強烈な動機を作ったとしても、まだまだ足りないんですよね。

心もとないんですよね。

じゃあ、そこで必要なのは何かって言うと、環境です。

そういう同じような目標、同じような志を持った人たちが集う環境に飛び込むってことですね。その人達の影響を常に受け続けるってことです。

そうやって物事って継続していくし、現実って変わっていくんですね。

今回の話というのは、目標達成とか自己実現の本当に要諦だと思うので、忘れないようにしっかりと頭の中に入れて、役立てて欲しいなと思います。

ということで、今日は以上です。

ありがとうございました。

#385『俺の野心の火種』

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