どうも、西祖です。
HQ-MIND始めていきます。
今回は「僕の恥ずかしい後悔」という話をしたいと思います。
最初に「テクニック」という言葉について考えてみて欲しいんですよね。
テクニックっていう言葉にどんな印象を持ちますでしょうか?
テクニックっていう言葉は、いろんな言われ方、使い方をされていると思うんですよね。
例えば、コミュニケーションとか恋愛とかの業界において、テクニックテクニック言ってると、言ってる方もなんか馬鹿っぽいと言うか、情弱とか浅はかで軽率な人間を集めるために、そこで気を惹いて集めようとしてるだったりとか、
それで集まってくる人間も情弱だとか軽率だとか言われて、テクニックを追い求めそこに溺れる人間は大した人間じゃないんだみたいな言われ方をするような気がしています。
「テクニックで成功しようとする人は間違っている」みたいな風潮があると思うんですよね。
一方で、スポーツとか格闘技とかの世界では、「テクニックを磨け」「テクニックが足りない」って言われます。
例えば、伝説の格闘家ヒクソングレイシーが言っていた言葉で、
「格闘技で勝つのに必要なものは気合や根性ではなくて、そんなものは全く試合では通用しなくて、すべてテクニックである」「テクニックの差が勝敗を分けるんだ」
みたいな言葉があったことを記憶してます。
だから、文脈とか業界とか場所とか使う人によっては、全く違う使われ方をされるのが、テクニックっていう言葉かなと思います。
僕自身テクニックというものについてどう思っているかっていう話をすると、別に否定も肯定もしないです。
「テクニック」はただの言葉であって、ただの概念であって、別に否定されるものでも特別肯定されるものでもないと思っています。
必要があれば使ったらいいし、テクニックと言われるようなものに助けられることだってあるし、今となってはテクニックなんだけど、テクニックだとすら認識しておらず使っていることなんてたくさんあると思うんですよね。
それこそ最近やった対談の中で言ったのが、女性とのコミュニケーションについて話していたんですけど、
- 俺は女性に対してテクニックをバンバン使うよ。
- その方がお互いハッピーな気持ちになれるし、俺は女性にその場をね楽しんでほしい。
- 今日俺の隣に俺の前に座ったからには、今日1楽しかったって思って帰って欲しいから。
- それを達成するために必要なことは全部やる。
- テクニックもその1つで相手がハッピーになれる。
- そして、こっちも楽しくなるんであれば、テクニックをバンバン使うから別に否定するものじゃないと思うよ
って話をしたような気がします。
その中でもう1個言ったのが、自分の利益しか考えずに使うテクニックだからおかしくなるんだと。
どんなに考え抜かれたトンチの効いたテクニックだったとしても、自分の利益や自分の保身や野心みたいなもののためにしか使っていなければ、それは相手に伝わるし、相手は微妙な気持ちになるってことですね。
そういう人たちが多いから、テクニックテクニックって言っている人たちに対して、冷ややかな目で見られるっていうことを言っているんですよ。
それを考えたときに、過去を振り返ってすごく恥ずかしい気持ちになることがあるんです。
いまだに恥ずかしい気持ちになってしまうということがあります。
何かって言うと、僕はこれまでたくさんの人生の先輩方にお世話になってきてるんですよ。
パッと思い浮かぶ人としては2人ぐらいいて、前の会社でお世話になった社長です。今師匠って言ってる人ですね。
もう1人がまだ若かった僕に凄いインパクトを与えてくれた。いろんな意味で僕の人生を変えてくれたメンター。
お世話になった人はいっぱいいますけど、この2人に関しては足向けて寝られないっていうぐらい、僕の中ではすごく大きな人物なんですよ。
その彼らに対して特に恥ずかしいなって思う後悔があるんですけど、何かって言うと彼らに対して当時の僕はテクニックを使っていたということです。
当時の僕はもうそれこそ26〜27歳ぐらいですかね。
それぐらいの時期はたくさん勉強して、たくさんいろんな経験を積ませてもらって、「いよいよ独立ですか、起業ですか」っていうようなステージが自分の中で見えてきて、ちょっとずつ脂が乗ってきた時期だったと思うんですよね。
勢いに乗ってたというか、言い換えると調子に乗ってた時期だったんですね。
自分が最強な気がして。
だって、どんなに聞き分けの良くないスタッフであっても、僕が話をつけるとすごく大人しくなると言うか、きちんとやってくれるようになるし、どんなに大きなクレームが発生したとしても僕が行けばすぐに収まる。
なんなら僕が出向けばクレームから始まったはずなのに、次の仕事の受注をその場でもらえたりとかってこともあったりとか、それこそいろんな取引先の担当者の方や社長さんに可愛がられて、僕自身すごい有頂天になってた時期だったと思うんですね。
その流れで自分の師匠とかたまに会うメンターとかに対しても、同じような接し方をしていたんですよ。
それが今思うとすごく恥ずかしくて情けない気持ちになるんですね。
なぜかと言うとそれは「全部バレてた」って今思ってるからです。
「ほんとバカだな」「あんな若造の小賢しいコミュニケーションテクニック、人間心理テクニックなんて百戦錬磨の彼らからすると、本当に子供だましのように見えてたんだろうな」って思うんですよ。
なぜそう思うのかというと、僕が今自分の友達とか後輩とか、そういったいろんな人間を見てそう感じるからです。
僕が彼らを見て全て見透かしてしまうように、僕も当時はお世話になった方々に見透かされていたっていうことですね。
それでも嫌な顔ひとつせず、快く笑顔で見守ってくれていたんですね。
「可愛いなこいつ」って思って見守ってくれていたんだと思うんです。
彼らは全部わかっていたはずなんですよ。
「こいつは今うまくやれているかもしれない。取引先とか営業先とか、あるいは社内の同僚・部下・スタッフ・上司ぐらいまでだったらそれでやれているかもしれない。できるやつとして認知されているかもしれないけど、自分のようなそういうものが通用しない相手もいるんだってことを、この先気付いてほしいな」
ぐらいの気持ちで見てくれていたのかもしれないですね。
なぜなら僕が今そう思うから。
僕自身、騙されたりすることはありますよ。
でも、今はやっぱり心のどっかで「おかしいな」っていう気持ちもあるんですよね。
あるけど、あえてこのままちょっと様子を見てみよう、泳がせてみようっていう中で、やっぱり騙されちゃったみたいなことはあります。
でも、基本的に僕は嘘を見抜くし、妙な誤魔化しは通用しないし、利己的な企みなんかは通用しないわけですよね。
当時の師匠とかメンターは、今の僕よりも年齢的には若いですけど、今の僕以上の人達だったと今も思っているので、あんな若造の調子に乗ったテクニックとか通用するわけないんですよ。
それを思うと恥ずかしくてしょうがないんですね。
だから、僕は今彼らに会うと、特に師匠とは年に1回か2回必ず会って、食事をご一緒させていただくんですけども、僕は妙なテクニックは絶対使わないし、純粋な誠実な気持ちでその場を楽しむことをやってます。
変に自分を大きく見せようとか、そういう気持ちも全然ないですしね。
とにかくその場を楽しい場にするために、僕自身も全力で楽しむために、ただただ素の自分で接してるっていう感じです。
テクニック自体が悪いことでも何でもないってことです。
だけど、あなたが尊敬するような人である限り、あなたごときのテクニックは、あなたごときの小賢しい計算は通用しないってことなんですよ。
これは昔の自分に向けて言っているところもあるので、あえて「ごとき」って言葉を使わせてもらいましたけど、バレてないと思っているのはあなただけです。
知った上で、温かくあなたの成長をそれでも見守ってくれているって事なんです。
なので、僕ができるアドバイスとしては、あなたが尊敬している人に対しては妙なテクニックは使わない方がいい。
できるだけ使わない方がいい。
変な妙な計算とかはしない方がいい。
できるだけ純粋な気持ちで誠実な姿勢で接した方がいいですよ、っていうアドバイスでした。
もし昔のあの時の自分に助言できるなら、真っ先に言いたいことですね。
というわけで、今回は以上です。ではまた。
ありがとうございました。