どうも、Aunこと西祖です。
今運転中なので、聞き取りにくいかもしれないですけど、ご勘弁ください。
前回の音声で僕の子供が、不登校になってしまったっていう話をしたんですよね。
それでご心配のメッセージを3通ぐらい頂いて、「気になってます。よかったら詳細シェアしてもらえませんか?」っていう内容もあったので、それについて話そうかなと思ってます。
息子のことなので、かなりプライベートな話だし、みんなに話す必要があるのかどうか分からなかったんですが、何かの参考にしてもらえれば良いのかなとも思って話そうかなと思いますね。
少し前に音声の方で、小学校の校長室で校長先生と学年主任の先生と僕の3人で話をしていたということについて触れたんですが、それってまさに今回の件のことだったんですよ。
今年に入ってから学校に行きたがらなくなって、元々学校が楽しくないっていうことは入学当初からずっと言っていました。
ちなみに、今小学校3年生です。
だから、2年生の3学期ぐらいから「もう行きたくない」っていう意思を明確に示すようになり、それから朝になると学校に行きたくないということで、僕が家に行って迎えに行って、車で連れて行ってあげたりとかということをしていたんですが、
もう2年生も終わりに近づくと、明確に「行かない」と「行きたくない」っていうぼやきから明確に「もう行かない」っていう風な段階を踏んできて、最初は無理やりじゃないけども「なんで?」っていうことを、本人の話を聞きながら「本当に学校行かなくていいのか?」っていうことを僕は話していたんですよ。
元嫁もやっぱり学校には絶対に行かせたいっていう考えの人間ですから、僕もその気持ちを汲んでました。
まあ、僕は学校行かないなら行かないでいろんな選択肢があると思ってるタイプなので、そこまで深刻ではなかったんだけど、
彼女が結構深刻だったので、僕も一応お手伝いを協力はしていたんですが、本人がはっきりと「行きたくない」ということでした。
で、理由はいじめられているとかじゃないんですよ。
クラスに結構やんちゃな子が何人か居て、その子達が嫌だっていう話はあるんですけど、それが直接的な原因ではなくって、学校という場所が馴染めなくて、そこにいるだけで苦痛を感じるレベルのようで、クラスのお友達と馴染めてないなっていう空気は前から感じていたんですよ。
我が子ながらちょっと変わってるなと思うところがあるし、クールというか大人びてるというか、冷めてるっていう言い方もできるかもしれないけど、周りと合わせなきゃいけないのがもう苦痛だったみたいで、同じことをさせられるのが嫌みたいです。
小学校ってそういう場所なので、それは仕方がないんだけど、先生とかが悪いってわけじゃないんだけど、みんなと同じことをしないと叱られてしまう、みんなと同じことができないと叱られてしまう。
自分が好きなことも、みんなと同じペースでやらないといけない。
嫌いな授業に関しても、イヤイヤながらみんなと同じようにやらなきゃいけない。
そういうことに対してすごくストレスを感じていたみたいで、違和感なく当たり前のようにやっている周りのお友達と、どうも馴染めないっていうことがあったようなんですよ。
そういう姿を見てママは心配するし、2年生の時の担任の先生もすごく心配しているわけですよ。
校長先生も心配してくれています。
僕的には心配はしていなくて、周りと比べたらそりゃちょっと変わってるかもしれないし、馴染めないのは社会に適合していけるんだろうかとか、協調性がもしかして欠乏してるんじゃないかとか、いろんな心配が生まれるかもしれないけど、
それはあくまで周りの平均値と比べて、そこから少し外れてるからという理由なわけで、僕はとても障害的な物を持っているようには見えないし、ただの個性というところで納得できる問題なんじゃないかと思ってたわけです。
やっぱり周りと同じことをさせられるという、教育システムの中でやってるわけなので、子供の頃はどうしても目立っちゃうと思うんです。
だけど、大人になって特にこれからの時代は個性というものを出していく、発揮していくってことがすごく求められる時代だし、今既にそうだけど、息子が大人になる頃にはそれが当たり前の世界になってるはずだし、そこには僕は確信を持っています。
そういう時代に生きることを考えたときに、息子の今の感覚は特に問題ないんじゃないか、別に悪くないんじゃないかとも思うんですよね。
むしろ、僕としては喜ぶべきことじゃないのかな、なんてことも思ったりしているわけです。
起業家仲間に、僕みたいな感覚を持ってる人間は多いですから。
起業家仲間にそのこと話すと同意してくれるし、ある仲間は「昔から続いている今の教育システムに違和感なく、そこに打ち解ける方が僕には問題のように感じる」っていうようなことも言っていまして、それについては僕も同意するところではあるんですが、ただやっぱり周りは今しか見ないので、父親としてはすごく不安になるわけです。
僕らの意見の方がマイノリティーだと思うので、こんな話をしてもなかなか納得してもらえないわけですね。
だから、周りは結構辛いかなと思うわけだけど、僕はある程度楽観的に考えてます。
ただ、だからといって野放しにしておくと、それが悪い方向に進んでいっちゃうことももちろん十分あり得ると思っているので、そこは親として大人としてちゃんと性格、能力というのが正しい方向に発揮されるような道を、ちゃんと作ってあげなきゃいけないとも思っているわけですね。
もっと話すと、今俺にできることはなんだろうかって考えたときに、これもご縁なんですけど、前の嫁さんの仲の良いママ友の一人に心理カウンセラーの方がいて、主に家族問題だったり、特に子供が関わる問題についての心理的な部分がすごく得意な方がいて、その方に相談したみたいなんですよ。
そうしたら、はるとくんの居場所が学校にないんだったら、自分が作ろうかと言ってくれました。
実は前からフリースクール的な場所を作りたいというビジョンがあって、ただなかなかこれっていうきっかけがなくて、ずっと先送りにしていたっていうことでした。
そういう話だったら、フリースクールと言えるほどたいそうなものではないけど、まず自分がそういう場を作るところから始めようかということを、考えたくれたみたいで、それを聞いて、
「そしたらせっかく良い流れが来ているわけだから、出資しますよ」と提案しました。
どのくらいのお金がかかるかわからないけど、場所とゆくゆくは人数も増えていくだろうから、それに対応できる先生的な人も必要だろうから、そういう場所代だったり人件費だったり、諸々お金もかかってくるだろうから、出資して良ければ一緒にそういう場所を作っていきましょうとっていう話を今してる最中なんですよね。
出資するって言ってもフリースクールは、恐らく儲からないですよ。
ビジネスとしてはあまり魅力的だと僕は思えないので、そこで儲ける気はもちろんないし、正直ビジネスとしても見てないです。
ただ今自分の息子がそういう状態にあるので、息子にとって快適な場所が自らの手で作れるんだったら、それはすごい価値なんじゃないかと思ったし、
社会的にもとても意義のあることだと思ったので、これはもう十分にやる価値、出資する価値があるのかなと思ってます。
不登校になってしまった自分の息子のために、フリースクールという居場所を作るっていうことは、なかなか出来ないことかなとも思うし、こういう事ができるようになるために今まで頑張って来たのかなって思うところもあったので、すごくそれに関しては前向きだし、ちょっと楽しみでもありますね。
そういう感じです。
で、やっぱりこういうことになってつくづく思うのが「あ~俺頑張ってきて良かったな」っていうことなんですよ。
自分の大切な人が困っているときとか苦しんでいるときとかに、そうやって自分なりに最大限力になれるのは、とても素晴らしいことかなと思うし、自分自身の思考の自由度というものに関しても、今改めてこういう生き方が出来ていて良かったなと考えてます。
だって子供が不登校になった時に「うぁ~どうしようか。まさかうちの子がそんなことになるなんて。将来どうしようか!?」「なんとか学校に行かせないと。学校に行かせないとこの子の未来はない」とか思うこともないし、
もっと時代の先を見据えて考えることができるし、それができるぐらいの情報もあるしね。
同じ意見を持った信頼できる仲間も沢山いてくれるし、子供が居場所をなくした時に、その居場所を代わりに作ってあげられるっていうぐらいの自由度というか経済的余裕もあるし、こういうことが出来るようになったのは、自分のことを久しぶりに「俺ちょっと自分のことを誇って良いんじゃないかな?」なんて思ったわけですよ。
ほんと頑張ってよかったなと思いました。
あの時、20代の後半でしたけど、起業しようって最初は邪な気持ちが結構強かったけど、会社辞めて独立起業しようって決めて、そこから色々あったけど自分なりに頑張ってきて、紆余曲折ありながらもとりあえずここまでこれた自分を、褒めてあげたいななんて最近思いました。
とはいえ、まだまだ全然至らない部分に気づくことも多いし、人間的に駄目だなって思うことも多いし、もっとやれただろうって思うことなんてそれこそ山ほどあるわけだし、満足はしてないですよ。
だけど、納得は少しできたかなと思ってます。
自分のことばかり話して申し訳ないんだけど、最後にこれを聞いている人にメッセージを送るとするんであれば、とにかく自分の成長とか進化とか、成功・幸福につながるんじゃないかと思えるような物にはどんどん自己投資をしたほうが良いですね。
「今」というリソースをどれだけそこに割けるかっていうことが、すごく僕は重要だと思ってるんですよ。
自分に自己投資することは、もちろん最後は自分自身に返ってくるし、その返ってきたものでゆくゆくは、大切な人達大切なものなんかを守ることができるわけですから。
大切な人を守れるのは、気づいたときに自己投資をちゃんとして、ちゃんと成果を出した人間だけだと思うんですよ。
だって、何も自己投資もせずに今自分の目の前にある快楽に溺れるじゃないけど、楽な方向ばっかりに流れていって、そんな風にして日々を過ごしている人に、将来大切な人を守る力が宿るかって、それはちょっと難しいと思うんですよね。
だから、言うほど自己投資って簡単じゃないと思いますよ。
だってお金を投資しないといけないし、時間も投資しないといけないし、労力も投資しないといけないし、リソースを割くってそういうことなんですよ。
実際に今お給料もらって生活している人だったら、今の生活を維持するための内訳って絶対あるはずなんですよ。
あるいは時間もそうですよ。
一日ぼーっとして過ごしている人なんていないわけだから。
時間の内訳もあるわけです。
そういうものを再構築して、いかに自分に対する投資、進化に貢献できるような時間に投資できるかってことって、やっぱり簡単ではないと思うんですよね。
だけど、それが出来る人が最後は勝つんです。
欲しいものを手に入れることが出来るし、そして最終的に自分が本当に守りたい大切な人、そういうものを守ることができるんですね。
なので、自己投資をしっかりやってほしいなと思います。
ということで、今ちょうど家のマンションにつきました。
では、音声を終わりにしたいと思います。
今日も最後まで聞いてくれてありがとうございました。
ではまた。