どうも、西祖です。
HQ-MiND始めていきます。
今日は時間がないという多くの人が抱える問題について、ちょっと話していきたいなと思います。
「時間がないからできない」って結構みんな口走ることだと思うんだよね。
みんな目標を持っているっていう前提で話してるんだけど、目標って勉強と行動をワンセットで行う必要があって、かなり当たり前の話をしてるんだけど、ビジネスだったらマーケティングとかコピーライティングとかやらなきゃいけないことがいっぱいあるけど、勉強しながら実践するじゃん。
筋トレも、例えばYou Tubeでトレーニング動画を見ながら、やり方を見ながら、実際にダンベル扱ったりすると思うんだよね。
料理だったらもっとインプットとアウトプットを同時にする人が多いと思っていて、レシピを学んで後日調理する人ってあんまりいないと思うんだよ。
主婦でも誰でも、俺ですら「何か作りたいな」と思ったら、クックパッドとかでレシピ見ながら、同時に調理するわけ。
こういうことをやっていかないと、基本的にスキルって身につかないし、目標って達成できないよね。
だけど、多くの人の問題思考パターンってのがあって、それは、
- 時間がないから勉強できない
- 時間がないから行動できない
っていうことじゃないですか。
で、ここでかなり多くの人に嫌がられる発言をしたいと思うんだけど、
「時間はあるものじゃなく作るもの」です。
当たり前の話だけど、あんまり聞きたくないと思うけど、ここにどれだけ現実的な問題として目を向けられるかどうかが大事だと思うんだよね。
待ちの姿勢では時間ってやってこないし、攻めの姿勢で積極的に作っていかないと時間なんて一生できないわけですよ。
だから、多くの人にとっての現実は、「時間がないからできない」ではなくて「やるつもりがないから時間がない」んだよ。
それが正解だと思います。
例えば、極端な例かもしれないけど、外出していて、突然警察から電話かかってきましたと。
このたとえ俺よく使うんだけど、今まさにあなたのお宅に泥棒が入ってますっていう連絡を受けたとするじゃん。
そしたら何を差し置いてでも、駆けつけると思うんだよね。
「家には何も取るものがないですよ」っていう人は別かもしれないけど、一生懸命働いて貯めた現金100万円を置いてますとかだったら、絶対行くじゃん。
今の例は恐怖に突き動かされたパターンだから、ちょっと参考になりにくいかもしれないけど、やりたくてしょうがない、ワクワクしてしょうがないっていうものって、結構何を差し置いても、寝食忘れてやったりするじゃん。
俺そんな感じで、子供の頃ゲームをよくやってたから。だから、単純に時間は作るものなのかなって思います。
それでも時間がないって人がいることは僕はわかってます。
多忙すぎて物理的に無理がある。物理的に時間がない。ジュンはけっこう共感できるんじゃないかな?昔そうだったよね?
まあ、それでも何とかジュンはやろうとしてたけど、結構無理ゲーだったじゃん。
そうそう。
それでも何とか工夫して頑張ってはいたと思うんだけど、多分あれ以上の頑張りってできないと思うんだよね。
もし、同じような状況なら、こういう人は人生レベルでちょっと真剣に考える必要があって、ハードワーカーと社畜の違いっていうのをよく理解しておかなきゃいけないです。
一般的に言われるハードワーカーって、自らの意思で働いているわけですよ。イーロン・マスクがハードワーカーだっていう話を最近よく耳にするけど、彼はやりたくてやってるから。
で、時間をコントロールしてるんで。だから、社畜とは違うんだよね。
社畜っていうのは外部からの強制力によって働かされてる人たちのことです。自らの意思ではない。コントロールできてないんだよね。
かつてのジュンを社畜とは俺は言わないけど、ただ追い込まれていたわけじゃん。
だから、社畜さんの場合は、そこにいる以上、想い描いてる未来って残念ながら来ない。これが現実です。
あんまり無責任なことは言えないんだけど、さっさと辞めるべきだと思う。
で、こういうとみんな「生活がかかってるからやめられない」とか「家族が路頭に迷うからやめられない」とかっていうし、それは本当なんだと思う。
でも、この状況って極めて不健全だよ。
そういう状況がずっと続いていった先に待っている未来は、かなり絶望的で、まず精神を病むよね。
うつ病とか簡単になっちゃうから。
あとはそんな状態で、家族を守ってたって家族がつらいよ。家族との心の距離は離れていく一方だし、本人は追い詰められる一方じゃん。
そこでやっぱり逃げ道がないと、人ってやっていけないから、この逃げ道がまた不健全なのよ。
例えば、Tik TokとかYou Tubeショートみたいな動画をひたすら見て、それが心の栄養になっちゃうっていうか、精神安定剤みたいなところがあるじゃん。
完全に現実逃避だよ。
あとは、ひどい人になると、コメント欄にやたら書き込むとか、炎上してる火事場に好んで参上するとか、更に不健全になっていくと。最悪早死ですよ。
だって、寿命削ってるじゃん。
だから、そういう人がもし聞いてる場合はやめる方向で人生設計しましょうっていうのが、僕からのメッセージです。
「やめてどうすんの?」って言われても「そんなん知らんよ」としか言えません。
それは自分で考えましょう。色んな道があると思います。
とにかくいずれにしても、未来に意識を向ける必要はあるなと思ってます。
っていうのが、現場から考えても何も進まないんだよ。
- どんな未来を作りたいのか?
- なりたい自分ってどんな自分なのか?
っていう未来から逆算して考えないと、今の延長線上にない未来って絶対作られないわけじゃん。
だから、常に何を考えるにしても、未来から逆算する。未来に意識を向ける必要は絶対あると思う。
で、未来を作れる人は、インプット1つとっても違うんだよ。
ただの勉強はしてないというか、ただの勉強では意味がないわけだよ。
なりたい自分になるためのインプットをしてる。成功してる人っていうのは。
だから、このインプットが自分のなりたい自分に貢献するのかどうかっていうのを、ちゃんと考えてるし、考えたら無意識にそういう思考パターンになってるし、不必要な勉強しないし、自分にとって必要な勉強しかしない。
で、もっと言うとアウトプットってみんな実践だと思ってるじゃん。
例えば、ライティングを学んで、ブログを書いてみるとか、メルマガを自分なりに書いてみるとか。
でも俺から言わせると、これって実践ではなくて、説明が難しいんだけど、俺の中のアウトプットって「理想の状態を表現と体現とかしてるその瞬間がアウトプット」なのね。
例えば、じゃあメルマガ書きますと。
メルマガで理想の自分を表現してるみたいな。
「この人なんか凄そうだな」とか、読んでる側からすると「この人の言ってることすごく役に立つな」「この人自身たくさん勉強してきたんだろうな」とか勝手に想像しちゃうじゃん。読み手としては。
でも、実はまだその状態じゃないっていうこともあるよね。
余計なことは言わなくていいと思うんだけど、どっかで言ったのが、
「理想の自分になるには、もう既にそうであるからのように振る舞うこと」
っていう話を昔どっかでしたことあります。
自分の理想があって、そこに近づくためには「もう既にそのような状態であるかのように振る舞う」。
それはメルマガ書くにしても、ブログ書くにしても、動画作るにしても、周囲の人間に対してもそうだよ。
サラリーマン時代は俺それよくやってたよ。
周囲の人たちに対して、理想の自分側から発言する。聞いてる人たちからすると「普段からこいつそういうふうに考えてるんだろうな」っていうふうに映るわけよ。
もちろん、下手クソな時もあったかもしれないけど、これが俺の中でのアウトプットかなっていうふうに思ってる。
自分の世界だけで完結するアウトプットは、アウトプットじゃないというか、人を巻き込んでこそのアウトプットなんだろうなと思う。
なぜなら、未来の理想の自分は人を巻き込んでるはずだから。
…っていうのも未来に意識を向けてるってことじゃん。未来から逆算してるってことじゃない。
そういうふうなインプット・アウトプットの理解じゃないと、なかなか現状って変わらないと思いますよ。
だから、話をちょっと最初に戻すと、「時間がないから出来ない」っていう言い訳は、もう誰も必要としてないというか、一番必要としないのは自分自身だよね。
「やるつもりがないから時間が無い」っていう意識をどれだけ持てるか。
そして、未来から逆算して、いかに自分の今の行動に落とし込めるかっていうことが、重要かなと思います。
っていうところで、今日の話は以上です。
ありがとうございました。