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#635『俺流『真の自由』とは』

2023-12-08 Fri.

どうも、西祖です。

HQ-MiND始めていきます。

今年に入ってずっとコンテンツを作ってるんですよ。

HQ-TRiBEが始まったから、週に1回ウェビナーをやってるから、知恵熱出るぐらいの勢いで集中的にやってんだけどね。

で、HQ-MiNDも相変わらずやってるし、とにかく俺にとってのコンテンツ作りは、ライフワークだし、生きることそのものになっちゃってんだよね。

どっかでも言ってるけど、息子がもう結構いい年というか、色々と息子自身も将来のことなんか心配し始めてるし、その息子のためにも何か残してあげたいなって本気で今思ってて、今息子に残すってこと前提にコンテンツを作ってるみたいなことあるから。

HQ-TRiBEのコンテンツに関してはね。

だから、本当に人生そのものだから、遺書を残してみたい感じもあるんだよね。まあそんな毎日ですよ。

これが楽しいのかって言われると、作ってる時とかずっと楽しい理由はないじゃん。

産みの苦しみがあるから。だけど、それがどこかで生まれた時なのか、あるいは脚光を浴びた時なのか、誰かの役に立ったと実感した時なのかわからないけど、すごく喜ばしい瞬間はあるわけですよ。

だから、それの連続かなっていうふうには思っているんですよ。

で、そこから繋がる話なんだけど、「自由」っていうものについて、「真の自由」っていうものについて考えていて、自由ってよく言われるのが、

  • 経済的自由
  • 時間的自由
  • 場所的自由
  • 精神的自由

とか、四大自由みたいなことが言われるじゃん。

それは良いし、そこそこに対する渇望は行動力の源泉になるから持ってもらった方がいいと思うんだけど、本当の自由って、あれもこれもそれもできるって選択肢のある自由ってのは表面的な自由の方で、本当の自由って違うと思ってんのね。

あえて、「不自由を作り出す理由」みたいなものを考えていて、そこに確信を持って、もう何年も前からやってることなんだけど、例えば、朝起きるじゃない。

やることは決めてるんだけど、イレギュラーはあるんだけど、散歩して風呂に浸かって瞑想して…みたいなことは、結構ハマってやってるのね。

毎朝同じことやってるって選択肢が少なすぎるじゃん。

俺なんか別に勤め人じゃないから、何やったって良いわけ。

朝からNetflix見てもいいし、酒飲んでもいいし。まあ、さすがにそれはジュンに怒られるかもしれないけど、こっそり嘘ついてやれるじゃん。

ジュンは仕事してるのに、俺はやってるよ感を出して、嘘ついたりとかして、オナニーしてもいいじゃん。

でも、あえて犬の散歩させながら、日の光を浴びて、帰ってきたら、ちょっと汗ばんだ体を洗い流すのと一緒に瞑想なんかしてる。

何か不自由すぎるでしょと思うんだけど、でも俺にとってはそれだけを毎朝やることが俺の望む人生に繋がってるっていう確信を持ってるからそれを選択してるわけ。

それを選択するってことは、他の選択肢を排除してるわけですよ。

だとすると、自分を不自由にしてるんだよね。

これは何に関しても言えることで、ビジネスに関しても言えることですよ。

これまではコンテンツビジネスというものを主体と言うか、自分のライフワークにしながらも、「あれもいいな」「これもいいなぁ」なんて思いながら、浮気してたんだよ。

サプリメント作ってみたり、パーソナルジムやってみたり、居酒屋とか美容室のコンサル入ってみたりとか、それはまだまだ俺が自分の道というものを見出しなかった。幸せって何かもはっきりわかってなかったし、方向性もはっきり定まってなかったと思うんだよね。

だから、あれもこれもそれもって思ったけど、今ははっきりと自分の方向性が分かってて、何をやってる時が幸せで、何が幸せにつながってるのかってのを、今は理解してるから、だからこそ情報コンテンツビジネスだけで俺は食っていくし、ビジネスを大きくしていくって決めてんだよ。

それ以外の可能性とか選択肢を排除したんですよ。

だから、誰に何を言われようが、ブレないんだよね。

こういう話を最近よくしてるんだけど。

「こんないいビジネスあるよー」とか「このビジネスで儲かったよー」とか「仮想通貨・投資話がどうじゃいこうじゃい…」。

全然気持ちが傾かないというか、ブレないんだよね。

それはすごく俺にとって心地いいと言うか、自由を感じるんだよ。

選択肢がないことに自由を感じる。

自分の決めた進む道が明確になってると、それを目指したらいいって思ってるからめちゃくちゃ自由度が高いんだよね。

選択肢がありすぎると自由すぎると逆に不自由なんだよ。どこに行っていいか分かんない。何をしていいかもわかんない。

ジュンは呪術廻戦見てないと思うんだけど、見てる人も多いと思うから話すんだけど、作中最強キャラがいて、五条悟って最強系キャラがいるんだよね。

五条悟が繰り出す奥義みたいなのがあって無量空処(むりょうくうしょ)って言って、宇宙空間みたいな所に相手を巻き込んでいくっていうか、それを発動した瞬間に周りが宇宙みたいになって、五条悟の領域に取り込むんだけど、その無量空処(むりょうくうしょ)の空間の特徴ってのは、あらゆるものが可能性があるって言うか、全てが解放されるんだよね。

あらゆることができるんだよ。あらゆる概念が無限にあるからこそ、敵は一歩も動けない。

あらゆる可能性が無限にあるからこそ、何もできないっていう状態に陥るのね。

めちゃくちゃ恐ろしい技なんだけど、なんかそんな感じなんだよね。

選択肢が少なければ少ないほど、自由。やることが明確だから。

他の例でいうと、ファイナルファンタジー10がすごく興味深くて、それまではファイナルファンタジーとかって、飛空艇であっち行ったりこっち行ったり、ある程度自由度が高かったのが、ファイナルファンタジーのセオリーだったけど、

ファイナルファンタジー10は、かなりグラフィックの精度が高まったのはあるんだけど、ストーリーが一本道になっちゃったのね。

あっち行ったり、こっち行ったりできないわけよ。

だから、ゲームなのに映画を見せられてるような感じになって、それで賛否両論あったんだけど、俺はそれがめちゃくちゃ良かった。

あれはちゃんとストーリーがあって、進むべき道が決まってて、決まってるからこそ、一本道のストーリーでも、ゲームだとしても、俺はそれがすごく良かったんだよね。

いろんなこと考えないで済むから。

だから、俺の1日の理想は秘書がいて、分単位で自分のやることを全部決められている方が、俺は楽。

「あれやってください、これやってください」って指示されながら、それをこなしていく。それで一日が終わっていくのが理想なんだよね。

やることとか、自分の幸せが何かとかが決まってなかったら辛いと思うよ。やらされてるだけだから。

選択肢がない方が楽だし、自由を感じるんだよね。

俺はそれが「真の自由」だと思っているという話です。

では、今回は以上。

ありがとうございました。

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