どうも、西祖です。
HQ-MiND始めていきます。
今収録している部屋が声が反響するんで、聞き取りづらいかもしれないですけど、ご容赦ください。
今回は「本当の自分とはどこにあるのか」というテーマで話をしていきます。
本当の自分って何なんだろうとか、自分の本音ってどこにあるんだろうとか、そういうことを考えている人って割と多いのかなっていう気はしていて、現代病の1つなのかもしれないけど、それで自分探しをしたりとか、旅をしてみたりとか、色んなセミナーに行きまくってみたりとか、いろんな人の話を聞いて色んな本を読みまくってみたりとか。
そういう活動に勤しんでいる人って多いと思うんですよ。
それが悪いとは言わないんだけど、そんな活動をしながら自分探しをしてるっていうことが、そもそもの間違いなんだよってことを、ちょっと今回は言いたいです。
例えば、Aという意見を持っている自分がいて、一方でBという意見を持ってる自分もいて。
例えば、女性は大切にしなければならないという考えを持っている。
一方でたくさんの女性と付き合いたい。複数の女性と一度に同時並行で付き合いたい。女性をとっかえひっかえしたいという願望を持ってる自分もいる。
果たしてどっちが本当の自分なのか。どっちが本音なのか。
お金に振り回されたくない。別に自分はお金に執着なんかないって思ってる自分もいる。
一方では、散財して贅沢して、ブランド品を持つという経験をしたいと思ってる自分がいる。
どっちが本当の自分なのか?
揺れてる人って結構多いと思うんですよね。
あるいは、僕がよく言うんですけど、モデリングをしなさいということを言います。
とにかく人はそもそも生まれてきた時から、身近な人の真似をして色んなものを覚えて自我っていうものを作って、生きていくのが処世術なんだから、モデリングは成長のための欠かせない考え方なんだよって話をよくしてます。
ただこのモデリングを上っ面だけ解釈して、そんなものは必要ないとか、そんなのは本当の自分じゃないとかね。猿真似したって自分のいいところは出せないとかっていう人がいるんだけど、それも間違いなんですよね。
とにかく何が本当の自分なのか、自分の本音はどこにあるのか、真の自分は何なのかっていう問いを持ち続けて結構長く苦しんでる人っていると思います。
僕の考えは非常にシンプルなんですよ。
- Aという考えを持った自分
- Bという考えを持った自分
どっちも自分が考えているわけです。
どっちも自分の意見なわけです。
つまり、それってただの可能性なんですよ。
どっちかに答えがあるわけじゃないんですよ。
女性を大切にしたいと考えているのも自分なんです。今の意見です。
女性をとっかえひっかえしたいっていう、正反対の考えを持っているのも自分なんです。
どっちが正解とか、どっちが本当とかじゃないんですよ。
ただそこに可能性があるだけなんです。
どっちが本音なのかっていうのを、その時点で決めることはできないんですよ。
どっちを本音にするかは、これから選択することなんですよ。
人の真似をして得たスキル。人の真似をして稼いだお金。
これは本当の自分なのか。本当の自分として稼いだお金なのか?
・・・じゃないんですよ。
その得たものを、自分のものにしていけば、それが本当の自分になっていくし、得たものを「自分に合わないな」って排除するんであれば、それがお金だろうがスキルだろうが、「あの人を真似して、こういう考え方・スキルを一応自分の中に入れてはみたものの、自分には合わないな」と思ってそれを排除すれば、その可能性は自分で閉ざすことになるわけです。
逆に「真似してみた結果、これはいいな」「自分に合ってるな」「このスキルは今後一生大事にしていこう」「一生使い続けていこう」って思えば、それは自分のものになっていくんですよ。
その可能性を選択したってことなんですよ。
そうやって人は色んなものを選択していく中で、自分というものを作り上げていくんです。
で、たくさん作り上げられてきた自分というものを、後から振り返って「自分はこういう人間なんだな」「こういう選択をする傾向にあるんだな」「じゃあ、自分はこれからもこういう選択をする可能性が高いな」と、だんだん自分のことが分かってくるんですね。
でも、考え方って変わるんです。
人って変わるんですよ。
また新たなチャレンジをすれば、これまで会ったことのない人や環境に出会えば、またどうなるかわかんないんですね。
そこでまた新しい自分が芽生えるかもしれない。新しい可能性が目の前に広がるわけですよ。
そう考えると「本当の自分ってどこにあるのか」なんて考えてること自体がナンセンスですよね。
本当の自分探し、自分の本音はどこにあるのかっていうことを、必要以上に考えて、必要以上に旅をしまくって、必要以上に人に出会いまくって、環境を変えて色んなコミュニティを転々として、その経験自体は尊いものだと思うけど、その目的が自分探しの旅だったとしたら。
それはナンセンスかなって思いますね。
多くを無駄にしてると思います。
もう1回言いますね。
人間ってもともと一貫してないです。
1人の人間の中に異なる価値観が存在したりもするし、全く正反対の考えが混在してたりするんですね。
でも、それらは結論でも答えでもないんですよ。
現時点でのただの可能性として、そこにあるってだけなんですよ。
それを本当にするのか、本音にするのかっていうのは、ここからの選択次第だったことです。
自分は何者なのか?
「現時点ではこういうものである」という結論を出していいと思いますよ。
だけど、未来は分からないですよね。
どんどんアップデートされて、もしかしたら違う別の何者かになっているかもしれない。
それはそれでいいじゃないですか。
僕は本当の自分探しなんか生まれてこの方したことがないし、何が自分の本音なんだろうなんて、実は考えたことがないんですよ。
たぶんそこまで真面目じゃないんだと思います。
「今が楽しければ、誰にも迷惑をかけていなければ、そして周りの人がハッピーであればそれでいいじゃん」っていう考えでこれまで生きてきたので、本当の自分がどうだとかそんなこと考えたことないですよ。
僕はこういう仕事をしてる関係上いっぱい色んな話をします。
たまに哲学的な話をしたりもします。
だから、結構人よりは頭を使って自分の内面とか、より深く入り込んでいく作業を誰よりもやっている自負はあります。
だけど、無駄なことは考えないです。
僕の中では、自分探しとか本当の自分とか本音の自分とか、真の自分とか、もうそれは無駄なことなんですよ。
考えること自体が僕は無駄だと思ってます。
ぜひ参考までに。
ではまた。