どうも、西祖です。
HQ-MiND始めていきます。
今回は「自己評価と他者評価の関係性」というタイトルで話していこうかと思います。
この両者の評価には必ず乖離があるんですよ。
この関係性を知っておくことによって良い事というのがあります。
逆に、この関係性を理解していないことによる弊害があります。
これはかなり大きいのでしっかりと理解して欲しいかなと思うんですが、まず話したいのが「自己評価と他者評価には必ず乖離がある」ということですね。
他者評価ほどに自己評価って高くないのが普通なんですよ。
たまに自己評価が高くて、他者評価が低い人っていますよね。「たまに」と言うか結構いるのかな。
端から見てだいぶ痛いことになってますよね。
これは健全じゃないと言うか、かなり不健全な状態かなって思うし、だんだんと病んでいくんですよ。こういう人って。
普通は正しい努力をしている人ほど、他者評価の方が自己評価よりも高いんですよ。
この仕組みを最初に話していきたいと思います。
まず初期段階ですよね。
何かを目指そうとした時の、なりたい理想の自分像が頭に思い浮かんだ瞬間の話です。
この瞬間、理想と現実のギャップというものを知ることができるわけですね。
これがステップ1になります。
次のステップ2では、そのギャップを知ったわけですから、ギャップを埋めるために努力していくわけです。理想の自分になるために。
この努力にも段階があって、最初の段階の努力においては割とすぐに変化が訪れます。
これは筋トレで説明した方が早いんですけど、筋トレを始めて1年目ってめちゃくちゃ伸びるんですよ。
結構真剣にやると体重で5キロとか増えたりするんですよ。筋肉でね。
今まで何もしてなかったところに、筋トレとで食事とかっていうものブチ込むことによって、体ってすぐ変わるんですね。
だけど、これが2年目3年目の中級者以上になってくると、伸びなくなるわけです。
1年で5キロ増えた体重が中級者以上になってくると、1年間で1キロ増えればいい。
上級者になってくると筋肉だけで1キロ増量するって相当大変な事なんですね。
これがステップ2の段階です。
これは何においても言えることかなと思います。
まあ、当然っちゃ当然ですよね。
だって、今までその分野のことに関しては、何もやってこなかったゼロの状態ですから。
それはガッツリ何か始めれば、心も体もすぐに反応するって分かりますよね。
でも、それがだんだん慣れてくると、同じ刺激・同じ努力ではなかなか変化が起きなくなる。
これが第2段階です。
多くの人が求めるのは、第2段階以上の変化なわけですから、その先に理想があるわけです。
ここを突破しなきゃいけないんですけど、ではここで何をやらなきゃいけないか?
課題となってくるのが「限界突破」です。
僕がよく背伸びをする必要があるとかって話をするんですけど、この段階の話をしてるんですよ。
要するに、「限界突破しなきゃいけないから、背伸びするしかないよね」って話をしてるんですね。
背伸びすると、それは自分の身長じゃないから最初はキツいんだけど、色んな意味で負荷がかかるんだけど、慣れてしまうと、やがてそれが自分の等身大の身長になっていくから・・・みたいな話をしてます。
この段階の話をしてます。
これも筋トレで考えると分かりやすいんだけど、筋肉も限界突破しないと大きくならないんです。
100のパワーを使ってトレーニングするのはすごくきついことなんだけど、100以内のトレーニングでは筋肉って大きくならないんですね。
筋肥大を目指すんであれば、101以上の負荷をかけないと、それ以上大きくなっていかないってのがあります。
これが限界突破ってことですね。
じゃあ、限界突破することができた。そこからさらに成長することができた。
この段階で初めて他者からの評価がもらえるようになってくるわけですね。
ただここで問題が発生するわけです。
どんな問題かって言うと、それが自己評価と他者評価の乖離なんですよ。
「あいつすげーな。努力してるな」という感じで他者から評価をもらえたとしても、自分自身の見た目の変化ほど心は追いついてない場合がほとんどなんですね。
見た目に心が追いついてるとは限らない。
現実に、自分自身の内面の成長までもが追いついているとは限らないんですよ。
他人はすごく高い評価をくれるんだけれども、自分は自分のことをわかってますよね。
まだ自分は心が未熟だと。
周りが言ってくれてるほど、実は自分はそこまでのステージにはいないってことは、自分が一番よくわかってるわけですから、それがある種のストレスを生むんですね。
そのストレスから解放されるために、その乖離を埋めるためにさらに努力をしていく。
こういう循環になってるわけですよ。
なので、自己評価って他者評価にはおそらく追いつかないっていうのが僕の結論と言うか、現時点での考えなんです。少なくとも生きてるうちは。
周りは自分のことをこれだけ評価してくれてるんだけれども、実は自分はまだまだ未熟で、もっとしていかなければならないっていう。
でも、これって何か問題っていうよりは正常というか、かなり健全だと思うんですよね。
この健全な状態を見て、人はおそらく謙虚とか素直とかそういう評価をプラスするんじゃないかなって思ってます。
この仕組みを理解することによって、起こる良いことというのがあります。
かなりシンプルなんですけど、自分が目指すべき場所・到達すべき場所が明確に分かるということです。
他者評価はここなんだけど、自己評価はまだここなんだよね。
だから、せめて周りが評価してくれてる場所にまでは行かなきゃいけない・・・って思えるじゃないですか。
そういう意味で到達すべき場所がわかるという風に言ってます。
そして、それと同時に自分がどんな努力をすべきかってことも分かりますよね。
到達すべき場所はわかってるわけだから。
ここまで到達するには、これだけの努力をしなきゃいけないなっていうのが分かる。
方向性も分かる。
迷子になることがないんですよね。
これが良いことです。
逆にこれを理解していないことによる弊害というものがあって、これが結構大きなマイナスになっていくんですけど、まず自分の居場所がわからないっていうことです。
自分ではまだ周りが評価してくれてるほどの場所にいる気はしないけど、「周りがそう言ってくれてるんだから、自分はそこにいるんだろう」みたいに理解してる。
これって本当の自分の居場所がわかってないですよね。
「他者評価が真実だと勘違いしてしまう」ってことです。
これって自己評価がバグってるわけなので、こうなるとどうなるかは想像できますよね。
謙虚さを失い、素直さを失い、スキだらけになっちゃう。
さらなる努力をしようという気も起こらないから、良いことがないわけです。
「いつかどこかで落ちる」という結果が待っているわけですね。
ということで、今日は「自己評価と他者評価の関係性」という話をしました。
僕はこういう関係性とかロジックとか仕組みは結構大事にするんですよ。
多分、慎重な性格がそうさせてるんだと思うんですけど、そのおかげでこれまでとんでもない大きな失敗したとか、そんな風なことにはなってないので、是非みんなも大事にしてほしいななんて思ってます。
ということで、今日は以上。
ではまた。
ありがとうございました。