どうも、西祖です。
HQ-MIND始めていきます。
なんかちょっと声がおかしいんですよね。
さっき収録しようとして声がおかしかったから、これ取り直しなんですけど、治らないんでこのままいきます。
ちょっと聞き取りづらいかもしれないです。
で、今日は結構大きな気づきが自分の中であったので、それをシェアしようかなと思います。
僕は普段からビジネスの相談を受ける時とかに特に言うことなんですけど、「与える・提供する心」を第一に持たないと成立しないですよっていうことを言ってるんですね。
それは「きれいな人間になりましょう」とか言ってるんじゃなくて、そもそもそういう気持ちを前提に持たないと、例えば情報発信とかだとなかなか成立しづらい。
だから、心を鍛えるっていう意味でも、提供マインドを持ちましょうみたいな話をよくするんですよ。
いつかどこかでギバーになろうとか、テイカーから卒業しようとかっていう話もしたことがあるんですけど、そういう話をよくするんですね。
で、この「提供する」っていうマインドを持とうとした時に、大きな落とし穴があることが分かって、これは知っておいた方がいいというふうに思ったんですよ。
今回はその話をしていくんですが、まず色々と前提となる話をしたいんですが、僕はよく忘れるんです。
これは昔からの性格というか、良くない癖で物忘れとか忘れ物が凄く多いんですね。
それで失敗したことはたくさんあるし、忘れてはいけないことをよく忘れてしまうので、良くないなと思っています。
「ただ忘れていて良いことがあるな」ってことを最近思うようになっています。
それは何かって言うと、「与えたこと」です。
人に何かしてあげたこととか、親切にしてあげたこととか、提供したことです。
これも僕はよく忘れているんですよ。
特に情報発信とかしていると、毎日仕事として何か物事をシェアしたりとか、学びを提供しようとしたりとかを仕事なのでやるんですけど、これだけの頻度でやってると自分がいつ何を喋ったかとか、いつだれの相談に乗って、その時どんな風に一生懸命何かを伝えたかとか、ギブしたことをいちいち覚えてないんですよね。
それは仕事ではすごくあるし、プライベートでもあるんですよ。
「あの時お前があれをしてくれたから、お返ししなきゃいけないと思っていて・・・」って言われてもピンと来ないことがめちゃくちゃ多いんですよね。
「え?そうだっけ?」って思うんですよ。
そうやって生きてきたんですが、自分がしてあげたことを忘れてしまう人って、どうも人に好かれるらしいんですよね。
僕は特別自分が人に好かれる人間だとは思わないですけど、ただ嫌われるタイプでもないかなっていう自覚はあります。
だけど、人にしてあげたことをよく忘れる性格が、そういうところでプラスに繋がっているなと感じることが最近特に多くて、「ああ。そういうことなのか」と思いました。
ここから分かることとして、逆に人にしてあげたことをいつまでもはっきり覚えている人は、どうも好かれない傾向にある。
はっきり言う、と嫌われる傾向にあるらしいんですよね。
それはなぜかと言うと、「イライラしない」っていうのがあると思います。
忘れているんで、その人から何も返ってこなくても、別に最初からなかったことになってるんで、イライラもしないんですよ。
でも、いつまでもその人に与えたものを覚えていると、返ってこないとイライラすると思うんですよ。
でも、忘れていると何かを求めることもないじゃないですか。
いつまでも覚えていると返ってこないから、イライラするじゃないですか。
もちろん、僕も人間ですから、当然完全に何もかも忘れているわけじゃないですよ。
例えば、喧嘩になったりすると、「そいつにしてあげたことって何か俺もあったよな」「ここまでボロカス言われているけど、俺もだいぶこいつにしてあげているはずだぞ」って一生懸命思い出し始めるんですね。
そしたら、「これもしてあげた」「これもしてあげた」って思い出してきて、「いや、俺だってここまでしてあげたじゃん」「お前以上にしてあげているよ」みたいな感じの気持ちになったりもするんです。
まあ、どちらかと言うと、僕は「忘れがち」だということですね。
すごい落とし穴だなと思いました。
- 「よし。俺はギバーになるんだ」
- 「人にたくさん提供して成功していくんだ」
という気持ちを持とうとすること自体は良いことだと思うし、情報ビジネスに限らず、ビジネスは提供したモノの対価をいただく行為ですから、この気持ちって必ず持たなきゃいけないと思ってます。
それだけでは不十分なのかもしれないですね。
ギバーのマインドを持とうとするのと同時に、提供したことを気にしない。
できるだけ忘れる。
他のことを考えるようにするっていう努力も、同時に必要なのかもしれないですね。
なぜなら思うのが、人間って多分そんな風にできてないんですよ。
「そんな風に」っていうのは、受けた恩を多分すぐ忘れる生き物なんですね。
だけど、自分がしてあげたことは、いつまでも覚えている生き物なんですよ。
これを逆にしないと人に好かれないというか、特別好かれる人間にはならないと思うし、成功って結構難しくなってくると思うんですよね。
余計なことにイライラする。
やるべきことがたくさんあるのに、自分がやってあげたことに対して何も返ってこないことに、いつもイライラしているから気持ちを持っていかれて・・・みたいなことがずっと続いていくんですね。
僕は幸いにも、性格上良くも悪くも忘れるわけですよ。
だから、たまたまそれが良い方向に働いていたっていうことはあるかもしれないけど、普通は自分が受けた恩は最初は「ありがたいな」って感じても、それがすぐ当たり前になってくる。
慣れてしまうからね。
そして、受けた恩は忘れがち。
自分が思っている以上に、早い段階で忘れてしまう。
だけど、自分がしてあげたことはずっと覚えている。
そういうもの同士が、コミュニケションを取り、人間関係を作った時にどうなるかって言うと、必ず喧嘩するんですよ。
心当たりがある人もいると思うし、僕はそういう事態をよく見聞きしています。
ビジネス界隈で、「誰と誰が昔トラブったんだよ」「誰とあの人が最初は仲が良かったんだけど、一緒にビジネス始めて裁判沙汰になったんだよ」とかよく聞くんですけど、原因は全部これだなというふうに思います。
例えば、
- 「俺はレター書いたじゃん。だから、この取り分おかしいじゃん」
- 「あの時、俺が率先してマーケティングしたじゃん」
- 「いやいや、でも俺はこれをやったよ」
- 「でも、俺はこここまでやったよ」
みたいな感じで、それが金銭トラブルとかに繋がって喧嘩になっているっていうことなのかなという風に思いました。
またぶり返すんですけど、以前シェアした令和の虎に出演していた松下兄弟の話。
彼なんて、まさにこれだと思うんですよね。
恩知らずっていうことですね。
恩を知らないってことは、恩に感じることも当然ないわけじゃないですか。
自分が恩を受けた自覚がなければ、それをありがたいなって感じることもないわけで。
当然その恩に報いようという気も起こらないですよね。
だから、いつも人を裏切ってしまうっていうか、こういう人はやっぱり多いと思うんですよね。
なので、すごく重要な視点かなという風に思います。
で、1個思い出したんですけど、僕には親戚のおばちゃんとおじちゃんがいて、特におばちゃんには本当に乳飲み子の頃から凄くかわいがってもらっていて、自分の親と変わらないぐらいの存在なんですよ。
凄く大切な人です。
だから、年に2回か少なくとも1回ファミリーで旅行に行ったりするんですけど、必ず叔母と叔父も誘うんですけど、叔母は凄く感謝してくれているんですね。
「いつもこんなことをしてくれるこんな甥っ子はいないよ」って言ってくれるんですね。
だけど、僕が受けた恩からすると、大海の一滴にも満たないというか。
それはちょっと大袈裟かもしれないけど、いくら恩を返しても返しきれないというか、別に恩返しをしようと思ってしているわけじゃなくて、親と一緒で単純に喜んでいる顔が見たいっていう気持ちでやっているんですよ。
おばちゃんにしてみれば、自分がしてあげたこととかを別に覚えてないはずなんです。
当然恩を売ろうと思ってやったわけじゃないだろうし、「幼い頃可愛がった」「色々してあげた」なんてことは別に覚えてないですよね。
だけど、僕ははっきり覚えているんですよ。
だから、それに報いようとしている、この関係性ですよね。
この関係性ってすごくうまく行くと思うし、トラブルも起こりにくいと思うし、みんながこういう関係性を築こうという意識を持っている人たちのコミュニティがもし存在するんだったら、それは凄く素敵な場になっているだろうなという風に思いますね。
何をありがたいと思うのか。何をありがたいと思えるのか。
場合によっては鍛える必要がある人もいるかもしれないけど、その感じ方を変えるだけで人間関係、そして人生の質って大きく変わるはずなんでね。
もともと人間は受けた恩はすぐに忘れる。すぐに慣れる。
でも、自分が与えた親切とか与えたものに関しては、いつまでもネチネチと覚えている。
これが人間のデフォルトだってことは、知っておいた方がいいかもしれないですね。
だからこそ、「こうしよう。ああしよう」って思えると思うので。
いつも自分と他人との心には乖離がある。
それがトラブルの元になっているという話でもあります。
ということで今日は以上。
ではまた。
ありがとうございました。