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#360『死期がわかったときの恩師の態度』

2021-03-29 Mon.

どうも、Aunこと西祖です。

少し前に「死を想うことの意味」という音声を配信させてもらったんですけど、これに対して結構返信を頂いたんですよ。

その返信の一通一通がすごいためになると言うか、グッと胸に来るものがあって、すごくありがたいなぁという気持ちになったんですけど、全部紹介できないのがちょっと心苦しくて、でも皆さんに返事はしてるので、なんか紹介したいと思うんだけど、結構ひとつひとつが長文なんですよね。

その中でも、響いた言葉がいくつかあって、「死を思うからこそ生が輝く」とか「死と生は2つで1つ」とかすごく参考になるメッセージをたくさんいただきました。

ここだけ切り取って話しても、正直分かりづらいと思うんですけど、本当に心のこもったメッセージ送って頂いて感謝してます。

「なんのこっちゃ」という人は、「死を思うことの意味」という回を辿って聞いてみてください。

で、今回はたくさんの感想やメッセージをもらって、僕が思い出したことをシェアしようかなと思ってます。

これは会社員時代の話になるんですけど、僕が営業をやっていた時に、すごいお世話になってた取引先の社長さんがいたんですね。

もうその方は亡くなられてしまったんですけど、足立社長という方で、すごく気さくな方で、でも厳しい方で取引先ながらすごい良くしてくれて、たくさんご飯に連れて行ってくれたりとか、かわいがってくれたんですよ。

取引先の一介の営業マンである僕のことなのに、僕が会社を辞めるとなった時もすごい残念がってくれたんだけど、同時に応援もしてくれて、会社を辞めた後もしばらく交流があったりしたんです。

僕も独立したばっかりで、結構切羽詰まっていて、忙しい時期でもあったので、2年ぐらい全く連絡を取っていない時期があったんですよね。

で、それぐらいの時期に、前の会社の元同僚から「そういえば足立社長ちょっと今ヤバいみたいだよ」という話を聞いて、どうやら癌で末期だということでした。足立さんは、当時まだ58歳とかなんですよ。

見た目は年齢よりずっと老けた人でしたけど、でもまだまだ若いじゃないですか。

だから、ちょっと信じられなくて、そこからすぐ連絡を取ったんですよね。

で、連絡が取れて「ご無沙汰してます」と言ったら「おお!元気か?」みたいな電話での声だったので、なんか全然死にかけの人の声じゃなかったんで、なにかの間違いだったんじゃないかと思いました。

でも、話を聞くと、やっぱり間違いではなくて、在宅療養をしてるという事だったので、彼の家に伺うことになったんですよね。

で、姿を見たらすごい痩せていて、病人そのものだったんですけど、その時に色んな話を聞かせてもらいました。

その時の彼の言ったことが、僕の中である意味衝撃的で、おそらくその時の彼の話が、僕のその後の死生観に大きな影響を与えているのではないかと思っています。

どんな話だったかと言うと、宣告を受けた時はやっぱり頭の中が真っ白になっちゃって、何も考えられなかったということでした。

そこから一週間ぐらいは何も考えられなかったんだけど、あるタイミングで気持ちが切り替わったって言うんですよ。

それは、死ぬ前に今まで自分がやりたかったことをできるだけやろうとか、そういうことではなくて、残していく人たちに自分が何ができるのか、何をどんな風にどんな形で残せば後悔なく逝けるのか・・・ということしか考えられなくなったっていうんですよね。

自分の事なんて考える余裕がないというか、そんなの二の次三の次で、もちろん仕事の引き継ぎだったりとか、終活みたいなものはあるんだけど、それとは別に、とにかく何かを残したい。奥さんや息子さんや娘さん、あるいは従業員達に何かを残したいんだと。

そればっかり言ってたんですよ。

自分がこうしたかったとか、あれをやっておけばよかったとか、怖いとか、苦しいとか、そんなことは一言もなくて、とにかく「自分が残せるのは何か」を毎日考えて生きていて、残す活動に注力してるということをおっしゃってました。

もう10年以上前の話ですけど、その時思ったのが、人は死ぬことが分かったらこうなるのか、こういう考えに至るのかというふうにその時は思いましたね。

もちろん全員が全員そうなるとは限らないし、これまで一生懸命生きてきて、いろんなことを頑張って、そして大切だと心から思える人間関係を作ってきた人は、やっぱりこうなるのかなと、その時は思いましたね。

だから、僕ももっと先の話にはなると思うんですけど、自分の死期が分かった時はそうありたいなと考えてます。

その時の足立さんの姿が、僕の死ぬ間際の理想型になってしまってるんですよね。

だからだと思うんですけど、ホリエモンが自分のチャンネルとかで死について語るときに、

「自分が死んだ後の世界のことなんてどうでもいい。だから、保険にも入らないし、自分がいない世界のことに興味も何もない」

というような話をするんだけど、しっくりこないというか、賛同できない理由って、そういうところにあるのかなって思ってるんですよ。

それはいいとして、自分が理想だと思える死に際を体現するためにも、自分が信じる道とか、信じる愛みたいなものを見失ってはいけないかなという風には思ってますけどね。

だからこそ、最近の僕の発信は、幸福度とか幸福感とかになってるのかなあと思います。

自分がどれだけ幸福度高く生きていけるかが、自分と関わってくる人たちの幸福度にも、大きく影響してくると思うし、それは最後のあり方にも関わってくる重要なことだと思ってます。

そこは今大事にしてますね。

こういう話題はしょっちゅうするもんじゃないと思うので、「たまには」ということでご容赦いただければと思います。

では、今回は以上になります。

ありがとうございました。

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