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#222『無知と嫌悪は紙一重』

2019-11-15 Fri.

どうも、Aunこと西祖です。

今日は何の話をするかっていうと、東京に行ってたんですよ。

バンコクから帰ってきてすぐに東京に行ってまして、目的は何だか何だったかっていうと友人の和佐大輔君の主催するオンラインサロンのイベントでキングコングの西野さんっているじゃないですか。その人の講演に行ってたんですよ。

これが第一の目的でした。

色んなね懐かしい面々も集まるっていうことだったんで、ちょっと同窓会的な気持ちもあって行ったんですけど、非常に面白い話が聞けたなという風に思ってましてですね。

その中で個人的に刺さったフレーズというのがあって、あの「嫌いなもの」ってあるじゃないですか。みんなあると思うんですよね。

んで、嫌いなものって「知らないことだらけ」だと思うんですけど、この嫌いなこと嫌いなものっていうのと、知らないこと知らないものっていうのは極めて近い感情関係にあるっていう話を彼がしてたんですよ。

これ個人的に刺さったですけど、どういうことかって言うと、人が嫌いだって思ってるもの、今あなたがこれ聞いたらなんか嫌いだと思ってるもの、それの多くが嫌いだから嫌いっていうことじゃなくて、「知らないから嫌いだ」っていうことなんですね。

知らないことがイコール嫌いなことっていうことの方が多いっていう話だったんですけど、これはね本当にその通りだなっていう風に思います。

例えば、何かチャレンジする時とかに反対されたりしたことってあります?チャレンジしたことがある人は必ずブチ当たる壁なんですけど、反対してくる人がいるんですよね。

それやめた方がいいんじゃない?とかね。

怪しくない?とかねそんなことを絶対にやめた方がいいよって痛い目見ようとかね。

必ず言ってくる人がいると思うんですよね。

そしてその人たちというのは好意で言ってくることがほとんどです。

例えばかつて僕が独立したときっていうのはインターネットビジネスで独立する、生計を立てる、成功するみたいな話を周りにした時に散々言われましたよ。

まず親からはすごく心配されたし、詐欺みたいなことするんじゃないのかとかあるいは詐欺に合ってるんじゃないかとか言われたし、周りの友達からも冷ややかな目で凄く見られますね。言葉ではやめといた方がいいとかね、

そういう言葉は出てこなくても目がかなり冷ややかだったりとかいろんな人に反対批判をされましたけども、何が怖いかってその人たちは僕がやろうとしていたインターネットというもの、そしてインターネットビジネスというものについて「全く知らなかった」ってことです。

知らないからこそ批判の対象になるし、知らないからこそ嫌悪の対象になるっていうことなんですよね。

ここで覚えておいてほしいのが、忘れてほしくないのが、人は知らないものに対して恐怖を抱くということです。

知らないものや知らないことに対して恐怖の感情を持つ。そして恐怖は嫌悪感に変わるということです。嫌悪感を抱けば批判の対象になるし、排除の対象になってくるんですね。

だから、人は知らないものに対してすごくネガティブな感情を持ちやすい生き物だということがこの話から分かる訳です。で、この知らないってね本当に怖いことで何が怖いかって自分が知らないだけだったらいいと思うんですよ。

何も得られない人生、何もチャレンジができない人生、自分の殻だけ自分の世界だけで完結する人生、そういう人生を送るのか送らないのかは、その人の自由じゃないですか。

だから、良いだけども周りの人たちは足を引っ張るっていうことになるんですよね。そして、それは良かれと思ってやっちゃうってことです。

この話はこれまでの自分の過去っていうのを、振り返りながらぜひ聞いてほしいなと思うんですよね。誰でも一度くらいは自分が知らないことによってそのものに対してね批判したりとかやめといた方がいいよとかね言ったりとかねしたことがあると思うんですよね。

僕もありますからね。

例えば友人がネットワークビジネスを学生の頃知って、そしてその僕に話してきたことがあったんですよね。

僕は彼の話をちゃんと聞く前に怪しいなと思ったし、いやそんなやめとけよって言ったっっすが、言われた彼はすごく悲しそうな顔をしたんですけど、それが正しかったかどうかっていうのはもうわかんないけれども、ただ僕は知らない状態で頭から批判したってことです。否定したってことです。

これは感情の話であり本能の話なんですね。

人は知らないことに対して恐怖・嫌悪感を抱く。これは本能の働きなんですよ。この問題に対して僕らがどう向き合うべきかって言うとまず一つ目に「知るということをやめない」ということです。

勉強をし続けるってことですよ。

まだまだ学ばなきゃいけないし、時代に乗り遅れたら、もうただの老害でしかない訳で。時代を知るということ。時代を読みとくってことね。そういう勉強するってことです。

物事を知るということですね。これは常にやっていかなきゃいけないですね。どんなに年を取っても勉強するっていうことから僕は逃げることはできないという風に思ってます。

だから、常に学び続けるということです。

どんなに勉強を続けていてもやっぱり自分知らないことだらけなんですね。色んなこと世の中のことを何も知らないという風に思って学び続けるのが僕は理想の形だという風に思ってますけども、とにかく知らないことだらけです。

なので、知らないことが降り掛かってくることは往々にしてあるわけで、その時にそれを真っ向から否定するんじゃなくて、一歩立ち止って考えてみるっていうそういう心の余裕を常に持っておくってことです。

その余裕を持つためにはやっぱり人間っていうのは嫌いなことイコール知らないことなんだみたいなそういうことをロジックでちゃんと理解しておかなければならないですよね。

それがブレーキになるんですね。

今自分は真っ向から否定しようとしている。そのもの自体を知らないからだ。知らないってことは恐怖なんだ。恐怖ってことはイコール嫌悪感なんだっていうことをロジックで知っておけば、ブレーキになる訳ですね。

だから、そういうことをちゃんと知っておくっていうこと。その視点を持つということがすごく重要だなという風に思いますね。とにかく学ぶことを止めるとどうなるかっていうとただアホになる訳です。

人のチャレンジが分からないっていうことだったり、チャレンジイコール無謀・危険だと思い込んでいるということだったり、もうとにかく人の足を引っ張る人。これは僕はアホだと思います。

勉強やめたら人はアホになるし、知ることをやめたら人はアホになっちゃうんですよね。

アホってのは乱暴過ぎる表現かもしれないけど、そのぐらいに思うぐらいがちょうどいいのかなっていう風に思ってます。

アホほどやっぱり正義感とか使命感とか老婆心とかで、人の行動とかチャレンジとかも遮っちゃうんですよね。これ一番タチが悪いわけです。アホの正義が一番タチが悪いということですね。

だからそんなアホにならないように、僕らは学び続ける必要があるし、ロジックで人間の深層心理とか行動パターンというのを理解しておくそういう準備を心の準備をしておくっていうのが僕はいいのかなという風に思いました。

ということで今日はそんな話でした。

では、今回はこれで。

ありがとうございました。

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