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#216『苦手意識を持つ前に、向き不向きを判断する前に聴いておきたい話』

2019-10-25 Fri.

どうも、Aunこと西祖です。

今日は苦手意識ということについてお伝えしたいことがあるのでお話したいなと思います。

苦手意識っていうことなんですけど、自分はこれが苦手だとか、これには向いてないとか、結構早い段階で判断しちゃってる人って多くて、それが凄い勿体ないなっていう風に僕は感じるんですよね。

その事を改めて感じた出来事っていうのがあったので、その話も交えてお話したいんですけど、また息子の話になるんですが、息子は苦手意識が凄く強いんですよ。

新しいことに対してのネガティブ意識が人一倍強く働くって言うか、とにかくチャレンジしたくないんですよ。

何でかなと思ってたんですけど、こないだのHQ-MINDでHSPという話をしたんですけど、ハイリーセンシティブパーソンっていうもので、生まれつき刺激に凄く敏感で、外界からの刺激を必要以上に過度に受け取ってしまうような病気というか、性格みたいなものです。

僕自身がそれに該当してると。重度ではないけど、その気がかなりあるっていう話をしたんですけど、その時は自分のことしか言わなかったですが、息子はさらにね1回り・2回りぐらい大きなそういう症状を持ってるなってことに最近ですよ。

例えば、この間に地下鉄載ったんですけど、何人かの若者が昼間だったんだけど、まだ酔っ払っててぎゃあぎゃあ言ってるんですよね。

それを傍から見てて息子が凄いストレスを感じてたんですよ。

他の例でいうと、学校のクラス内で、行儀の悪いやつがワイワイやってて、先生が必死に叱っているとか。

そういうことに対してすごく刺激を受けてストレスを感じやすいとか。

色んなパターンがあるんですよ。

一方で、僕はまた違うパターンを持っていたりするんですけどね。

特に息子の場合、それがあるから安全欲求がすごく高いです。

自分を安全な場所に置きたい。

安全な場所と認定した場所以外にはできるだけ行きたくないっていうそういう欲求が強くて、だから新しいことに対してすごく後ろ向きなところがあるんです。

つまりそれは苦手意識がより強く働くっていうことなんですよね。

「これは苦手だ」「これは嫌だ」という判断するタイミングがめちゃめちゃ早いです。

最近あったことで息子が苦手意識を発動した案件があったんですけど、何かっていうと作文です。

今フリースクールに行ってるんですけど、最近金曜日の授業に関しては作文のライターの先生が非常勤講師として来て、全3回に渡って作文を書いていくってことをやってます。

内容は何でもよくて、自分が最近読んだ本でもいいし、感じたことでもいい。

何でもいいからとにかくその子の感性を伸ばすための課外授業みたいな感じで全3回に渡ってやってたんですけど、第1回目に関しては息子はほぼ書けなかったんですよ。

1枚の作文用紙に「書かないから」って書いただけだったんですね。自分は絶対に書かないぞと。かたくなにその意思を伝えるような一文を最初に書いてそれだけで終わったらしいです。

2回目に関してはこれちょっと面白くて僕が迎えに行った時にハルトくん今日作文全部書いたんですよ。ちょっと見てくださいって言われて、見たらこれが面白くてね。

今日も書かないから。何度やってもきっと僕は書かないと思う。

ただ1年後は書いているかもしれない。

でも一年と二十四時間たったら書く気がなくなっていると思う。

東京オリンピックの頃にはどうなのかな。

前向きになってるかもしれない。

とか書いてましたね(笑)

とにかく、ああだこうだ言いながら結局最後まで書いちゃってるんですよ。

最後はここまで書かない書かないって書いてきたけど結局最後まで書いてしまったっていうオチで締められていたっていうことがあって、それ見て凄い面白いなと思ったんですよ。

面白いなと思ったから気持ちを素直に伝えて、まあ要するに褒めたわけですけど、次の第3回目の日になって朝に行きたくないって言い出したんですね。

「何で行きたくないの?」って聞くと結局作文書くのが嫌だって言うんですよ。

息子にとって作文を書かされるっていうのはすごく重い負担になってたらしいです。

そうやって結局書きたくないんだったら、無理して書く必要ないんだよと。強制じゃないって先生も言ってるし、作文書いてる間別の部屋に行って別の課題をやってたらいいんだよ。

みたいな話をしてまあ半ば無理やりへ連れていったんですけど、その日を終えて迎えに行きました。

迎えに行って先生が出てきて、お父さん結局ハルト君作文を書いたんですよって言って、その内容が見せて貰ったら本当これもまた面白くて、親バカだとは思うんですけど、心が凄くほっこりしたんですよね。

そのフリースクールはちょっと変わっててすごくアットホームだっていうこと。そして、スクールっぽくないってことですね。

建物とか内装とか学校っぽくないんですよ。

民家1個借り切ってそれをスクールにしてるんですよね。

で、どうでもいいんですけど、校長先生が犬なんですよ。トイプードルが一応校長先生ってことになってて、ちょっとそういう面白い試みをやってるような場所なんですよ。

犬の名前がニコちゃんっていって、息子がよく可愛がってるらしいです。

その日息子が最後の1時間で書いた作文っていうのがタイトルが「世界一かわいいニコ」っていうタイトルでね。作文を書きました。

それを見せて貰ったんですけど、すごく面白くて、良かったら音声とは別にそのリンクを付けてるので、ちょっと見てみてください。

キッズプレスっていう子供が書いた文章で作られたメディアがあるんですけど、そこにうちの息子の作文が掲載されたので、そのリンクをねこっそり貼っておくんで、もし良かったら覗いてみてください。

とても僕的には心がほっこりする内容だったので。

ただ学校に息子は行ってないので、とにかく文章力がないです。普通の小学校4年生に比べたら、恐らく幼稚な文章だと思います。

喋りは結構大人びた喋りするんですけどね、ただ読み書きっていうのが凄く苦手なんで漢字もなかなか書けないし、文章もあまりうまくないですから。

それを踏まえた上で見てもらえればいいかなと思うんですけど、まあ何が言いたいかって言うと、例えば作文に関しては僕も非常に辛い思い出があるんですよ。

小学校の頃の話です。

僕はね作文全く書けなかったんですね。

学校の課題で作文の授業があるとするじゃないですか。まず全く書き出せないです。最初の数分の書き出せなかったんです。それで結局授業が終わってしまうって宿題にされる訳ですね。

通常の宿題プラス作文というかなり重い負担として、のしかかってくるんですけど、そんなことが何回もあった訳です。

結局どうやって宿題をこなそうとしたんだけど、もうねずっと書けない訳です。家に持って帰っても夜の8時とか9時ぐらいから取りかかるですけど、全然書けない。

のらりくらりしながら時間だけが過ぎていって、もう日付も変わろうとするぐらいにうちの母親が見るに見かねて、苦肉の策として母親が子どもっぽい感想文を横から言ってくれて、それを僕がそのまま写すみたいなそんなことを繰り返してたんですよ。

それぐらい書けなかったんでね。

どこかの学期末の通知表にその担任の先生から、たまには自分で作文書かせてあげてみてくださいみたいな一文が入ってて、「バレてるやんけ苦笑」みたいになって、おふくろが自分以上に恥ずかしい思いしたと思うんだけど、まあまあそういうことがありました。

その後、中学生になって、高校生になって、大人になっても文書に対する苦手意識っていうのはそのままでした。だけど、そんな僕が何と大人になって文章で飯をくようになってしまうたと。

分かりますか。これは衝撃的な事実なんですよね。

文章力そのものは今でもないですよ。だけど僕の場合は感情ライティングみたいなスキルをマスターしてるんで、だから飯が食えてる訳です。

で、何が言いたいかというと苦手意識って意外とそんなもんなんです。

本当に苦手かどうかっていうのはある程度深く向き合ってみないと、その結論って出せないし、出しちゃダメだと思うんですよね。

僕の場合は作文に苦手意識があったんですけど、じゃあ文章が苦手なのか?考えるのが苦手なのか?書くのが苦手なのか?全く何も分からないまま苦手だと漠然とそう思ってただけなんです。

それで学生時代はずっと文章というものを避けてたんですね。だけど今なら分かるんですが小学校の頃なかなか書き出せなかったその理由なんですが、それは読み手のことを幼いながらに考え過ぎてたんです。

これを書いて変に思われないかな。こういうことを書いてつじつまが合うかなとか。どんな気持ちになるのかな。いやな気持ちになったらこっちも嫌だなとかね。

読んでもらうだったら笑って貰った方がいいなとか。賢く思われたいなとか。恐らく読み手のことを考えすぎてたんですよ。

それで書き出せなくなってた訳です。

読み手のことを考えすぎるという思考に、文章を書くというスキルが全く追いついてなかったってことです。ただそれだけだったんです。

それで「書けないから苦手なんだ」って思い込んでただけだったんですね。

息子だってそうですよ。息子もかなり精神的に敏感なんで僕と非常に似てますし、一応病名的なものも付いてるぐらいだし。ただ申し訳ないなと思うのは僕以上にその気質を持って生まれてきちゃったっていうことはあるんですけどね。

ただその分飛躍の伸びしろっていうのは、親だからこう思いたいという気持ちもあると思うんだけど、信じてるんですよ。

だから、息子に関してはスキルを伸ばしてあげるその環境をいかに用意してあげるかってことが大事だというふうに思ってます。

要するにスキルが足りなくて、ただ練習が足りなくて、知識が足りなくて、努力が足りなくて「ただできない」ってことをイコール「苦手なんだ」っていう風に判断してるだけなんでね。

僕もそうだったように。んで、多くの人がそうであるようにこれは非常にもったいないですよね。
「自分に向いてないな・・・」

可能性があるのに、こう思ってしまうのはもったいないです。

苦手とか向いてないとかって判断するのは、これは人一倍勉強して、そして練習して、そして努力をして、最後の結論として

「あ。自分には向いてないだ」

と。そう思うのであれば、僕は堂々と「これは苦手だから」という風に言っていいと思うんですよ。だけど努力も色々ありますよね。

ひたすらただ勉強する知識を入れるっていうのも1つの努力だし、それを実際に実践する練習する。

これも努力の1つです。

あるいは、それができている人たちと同じ環境にいることで、当たり前の基準を変えるとかね。なにげに僕はこれが1番大事だと思ってるんですけど、これも1つの努力の形です。

こういうを全部一通りや行った上で、できないんだったらもうそれは別の道を探したっていいじゃないですか。

誰も文句言わないですよ。

だからま「苦手だ苦手だ」って言う前にやるべきことがあるんじゃないでしょうかっていうことをですね。

それを今回息子の件を通して感じました。

ということで今日の話は以上になります。

ではでは、ありがとうございました。

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