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#208『自信の原体験』

2019-09-27 Fri.

どうも、Aunこと西祖です。

今日は一言で言うと自信をつけるっていうテーマになってくると思います。

なんか陳腐なテーマって思われるかもしれないけど、ただやっぱりいまだに自信が欲しいという人はたくさんいるし、僕の自信をつけるための有料のコンテンツあるんですけど、いまだにポツポツ売れるしね。

だから永遠のテーマなのかなという風に思うんですよ。

自信って結構定義があいまいじゃないですか。何を持って自信っていうのかっていうところで結構議論をみんなしてると思うんですけど、僕は昔から言ってるのが小さな成功体験が凄く重要だって話をしてます。

んで、これ言ってるの僕だけじゃないですよね。だけど僕はもうそれが1番王道のね自信を付けていく道なんじゃないかなという風に思ってるんですよ。

何でもいいからまず小さく成功体験をしてみると。

それをちょっとずつ積んでいく。

するとどっかでチャレンジしたいなっていう気持ちが必ず芽生えてくるから。

その気持ちを大事に無駄にせずチャレンジをしてみるってことです。

そこでまたなにかしらの小さな成功体験を積んで、それが大きくなっていって、だんだんと振り返った時に自信がある自分ができてるっていうね。簡単に言うとこういうことなんですけど、僕はこれが王道だと思ってますね。

他にも細かく言うと色んなやり方いろんな道はありますけど、これがやっぱり1番王道だと思ってて、ただ一方で、「いやそんなものはもう屁理屈で、自信もそもそも根拠がないんだから、根拠のない自信が大事だ」みたいなこと言う人もいる訳です。

だから何が正しい自身のつけ方なのかは分からないんだけど、ただ僕はやっぱり何かしらの自信の元になる原体験というものがあって、そういう原体験と言えるものがあるからこそ、その元によってちょっとずつ小さな自信をつけていくということが大事だと思うし、僕自身それをやってきたんですね。

自分を振り返った時にどのタイミングで自身が湧いてきたのかってことを考えた時に、例えば会社勤めの時に社長に直接褒められた時とか、上司に褒められた時ですよね。

あるいは、女性にアプローチされた時に自分のアプローチを受け入れてくれた時とか。あるいはお金を稼いだ時とか、給料を上げて貰った時とか、取引先に認められた時とか、取引先に営業マンとして指名された時とかね。

そういうことがポツポツと思い浮かんでくるんですよね。

こういうものに共通してることがあって、それは何かって言うと「人に認められた」ってことです。

これが僕の自信の源泉だと思ってるんですね。

それで原体験というところに話をするんですけど、小学校2年生ぐらいの頃まで遡るんですが、何があったかっていうと、僕算数のテストでクラスで唯一100点満点を取ったですよ。

クラスで唯一ですよ。

僕が通っていたのは、田舎の方の学校で人数が多かったですけど、多分40人ぐらいいたんじゃないかな。40人生徒がいる中で僕だけです100点を取ったのは.

じゃあ僕が勉強ができる子だったかって言うと全然できる子じゃなかったです。

劣等生でした。算数とか僕の大の苦手分野でしたから。

じゃあなんでそんな僕がクラス唯一100点取れたかっていうと、唯一だからかなり難しいテストだったんですよ。

先生が学期ひとつ間違えたんじゃないかって思うぐらい難しくて、そんな中で唯一僕だけ100点だった。これには実は裏があって、ちなみにカンニングした訳じゃないですよ。

まあカンニングしてても100点僕だけだから、カンニングしようがないんですけど、なぜ満点だったかというと、何のタイミングよく覚えてないですけど、僕居残りして勉強したんですね。その時の居残りの勉強に付き合ってくれた先生がマンツーマンで僕にそのテストを教えてくれたんですよ

これ伝わりますか?

その先生は僕がやっている課題として居残りで取り組んでるプリントがテストだってってわかんなかったでしょうね。

事細かに丁寧に答えを導くまで一問一問僕にレクチャーしてくれたんですね。それによって僕は100点の答案を提出することになったんです。

細かいことを覚えてないですよ。

そういうようななんか状況だったはずです。

だから、後出しジャンケンなんです。僕は出来損ないだったがために居残りさせられてて、それが功を奏して100点満点の答案を後から提出したという形になっちゃったんですよね。

それでクラスの先生が答案を配る時に言った言葉が

「今回のテストは100点満点がひとりいます。というか、1人しかいませんでした。ちょっと難しかったかな。でも一人100点満点がいました。誰かというと幸平君1人だけだったんだよ」

っていうことを誇らしげな顔で先生はクラス中に伝えたんですね。

その瞬間みんなが「えー!」みたいな感じで僕を見るわけです。分かります。めちゃめちゃ恥ずかしかったことを覚えてるんですけど、だけどその時は何のテストのことか分からなかったんですね。

でも、答案を受け取ってすぐ分かりました。

だから、これは僕の自分の力で取った100点ではなくて、後出しジャンケンの100点だったんだけど、その時は言えなくて。先生も喜んでるし、周りも凄いって拍手してくれてるわけですよね。

だからどうしても言いだせなくて、そのまま恥ずかしい気持ちと、なんとなく情けない気持ち、後ろめたい気持ちを持っていたと思うんですけど、だけど僕の中に1つ残ったのはいい経験だったなっていうことを思ったと思います。

100点満点自体は事実ではなかった。偽りの結果でしたけど、いい経験をしたと思いました。先生からクラスでひとりだけ褒められた。そして周りからも羨望の眼差しというかすごいって拍手喝采を浴びたっていうこと自体はいい経験だったんですね。

なるほどと。突き抜けた結果を出すと周りってこんな目をするのかって。

こんなに注目してくれるのか。いつも残念そうな顔をして僕を見てる先生がこんな誇らしげな顔で見てくれるのかっていうことを疑似体験することができたんですね。これは性格の問題もあると思います。

僕は細かいことはあまり気にしないとか結構適当な性格をその頃からしてたと思うので、真面目な子だったらなんか耐えられずに嫌でも「先生。実は違うんです」とかって言ってたかもしんないけど、僕は「別にいいじゃん」ぐらいにきっと思ってたと思うんですよね。

それからはずっとそのことが記憶に残ってます。だからその時のは嘘の経験だったかもしれないけど、その時の自分に近づこうって思いが、頭の片隅にどっかあったんですよ。

そうやって頑張ってきたこれまでの人生だったと言っても過言ではないぐらい僕の中でかなり大きな原体験として残ってるんですよ。

当時小学校2年生ですよ。30年以上前の記憶がそんなにも鮮明に残ってる。そんなにも今の自分に大きな影響を与えてるっていうことなんですよね。

別に自分の実力で勝ち取った成功体験だけが自分を作っていくとは別に思わないし、何かの勘違い、手違い、間違いで得た経験だって、こうやって長らく自分自身に良い影響を与え続けるってこともあると思います。

だから背伸びするってことも僕は大事だと思うし、あんまりクソ真面目に堅苦しく考える必要もないのかなと思います。自信はそれだけ曖昧なものだという風に僕は思ってるんですよ。

だから、どんなきっかけでもいいと思います。とにかくどんなきっかけでも1つ何かしら成功体験ををすることで人生に大きな影響を与えるってことです。

やり方、手段は別に人を傷つけるようなやり方じゃなければ、何でもいいと思います。とにかく1つのことをまずは一生懸命がむしゃらに頑張って1つでも成功体験をしてほしいなと思います。

昔のことを思い出してもいいかもしれないですね。

人はポジティブな記憶よりもネガティブな記憶を大事にする生き物なんですよ。

ネガティブな記憶の方が危険回避に貢献してくれるので、嫌な体験、嫌な経験を記憶を残そうとするんですね。

だから、自分にはそういう成功体験なんてないよと思ってるかもしれないけど、それは記憶の奥底に封じられてるだけかもしれないですよ。

なので、昔のことを思い出す作業も僕はすごく大事だなと思うし、1つでも掘り起こせたならば、これがもう1つの成功体験として根付くかもしれないじゃないですか。

そういう風な気持ちで自信というものについて考えてみたらいいじゃないかなと思いました。

ということで、今回は以上です。

ありがとうございました。

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