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#194『今だから辿り着いた凡人のステージ』

2019-08-05 Mon.

どうも、Aunこと西祖です。

今日はセルフイメージとか自己評価とかそういう系の話になるのかなと思っているんですけども、最近自分自身の評価について考えていることの話になります。

最初に聞いてみたいんですけど、あなた自身自己評価が高い方だと思いますか?それとも低い方だと思うでしょうか?あるいは、どちらでもないっていう感じですか?

セルフイメージが高いとか低いっていう言葉で表現してもいいと思うんですけど、それぞれだと思うんですよね。

多くの人が自己評価をもっと高くしたい。セルフイメージを高くしたいと思っているはずです。自信がほしくない人はいないですからね。

セルフイメージの高さが自分の現実を作るんだと。

そのためにはセルフイメージを高い人間を周りにおいて、そういう人たちと関わっていくことによって、自分自身のセルフイメージも自然と引き上げられる。

そういうロジックの元、活動をしている人もいると思います。これに関しては僕が昔レポートコンテンツでお伝えしていたりします。

当然今でも、それは間違いだとは思っていないので、そういう活動に勤しんでいるなら、引き続き続けてほしいなという風に思うんです。

ただ最近僕が思ってるのは、僕自身自分のことをずっとセルフイメージが高い人間だと思ってました。セルフイメージが高い人間になれたと思っていたんですね。

自己評価も決して低くはない。凄く低かった過去に比べるとよくここまで引き上げることができたなと思うぐらいです。

自己評価が高いからこうやって音声をお届けすることができてるし、自分の考えとか価値観とかそこから培ったノウハウとか経験を体系化してコンテンツとして有料で販売するということもできますしね。

セミナーをするとなった時も1人1人の時間を拘束して、わざわざ移動費まで使っていただいて、そこに来てもらってお金をいただいてセミナーをするとかですね。

こういう活動は自己評価が低いとできないですよ。普通に考えてそうだと思うんですよね。

だから僕はそういう活動ができるようになるために、いろんな知識を学び、そしてそれを経験し、実践し、自己評価に繋げてきたと思ってるんですけど、それがもう40歳も前になると、色んなところ回り回って、結局落ち着く場所はここかみたいなことがよくあるんですよね。

最近を「俺って本当に自己評価高いのかな?」ということを考えていました。

例えば何かしらのトラブルに見舞われたりとか、そういうことはよく日常的にある訳ですよ。トラブルが重なると言うか、そういう時期は誰でもあると思うんですけど、僕も例に漏れずそういう時期がありました。

そして今まさにそういう時期だったりするわけですが(苦笑)まあトラブルと言ってもいいし、心がざわつくような状況と言ってもいいし、そういうことが起こる訳ですよね。

その時の自分自身の気持ちを見つめた時ってやっぱり慌てているし、動揺しているし、焦ったり、怒ったりをしっかりやってるんですよ。

その状態は何かを超越した人間の姿からはほど遠いものがあって、本当に普通の人間と同じように精神的に動揺させられるし、あたふたするし、泣きそうになることもあるんですよね。

僕からの情報を好きで受け取ってくれている人からすると、僕自身それなりに凄い人だって思われるんですよね。

もちろん、人によってその評価にバラツキはあると思うけど、そう思われていると思うと、そのポディションを守らなきゃいけないみたいな気持ちもう出てくるんです。

かなりぶっちゃけた話になるんだけど、凄い人だと思われているという自覚があるんです。

だけど、たまに弱みを見せるじゃないですか。コンテンツの中でね。弱点というか人間らしいところ見せるわけです。

これをするとどうなるか?

受け取ってくれてる人は「この人は凄いだけど、人間らしいところもあって、ちゃんと弱点もあるんだ」と思ってもらって、親近感を覚えてもらうみたいなやり方(?)があったりします。

これはテクニックというよりは、僕の長年のクセというか、日常的なコミュニケーションのとり方というか。

マーケティングから始まりブランディングという知識を通過し、そしてそれが自分自身の習慣になり、在り方レベルにまでなって、今では当たり前になってたっていうのがあります。

無意識のうちにずっとそういうことを続けていたんですよ。

だけど周りに周って今思うのは、凄い人間だけど弱点もあって人間味もあってじゃないなって今思ってます。

凄いところなんて1つもないですよ。

何度もいいますけど、何か問題が起きれば動揺します。他人事だったら、客観的な鋭いキレキレのアドバイスができたりするんだけど、やっぱり自分事になるとダメですね。

子供が不登校になった時も、それまでは子供なんてもう今の学校教育に晒すべきじゃないと。もう自体が古いんだ。未来は今とは全く違う世界が待ってるんだ。

みたいな風に色んなところから情報が入ってきたから、自分の子供の場合は学校に行くよりも行かない方がいいんじゃないか。自由に伸び伸び育てた方がいいんじゃないかって思っていたんですよ。

だけど、いざ自分の息子が周りの人たちとちょっと違う道に逸れていくのを目の当たりにすると動揺します。慌てるし、心が揺さぶられるんですよ。

そして、「いやちょっと学校行ってくんねえかな」って思っちゃったりするんですね。これまでの自分自身の考え方・価値観はどこ行ったのと言いたくなりますね。情けなくなるぐらい揺さぶられるんですよね。

世間の評価とか人の目を自分が思ってた以上に気にしてたのかなと思ったし、それを気にしていないという風に思い込んで、これまで生活していたのかなと思います。

負の感情が顔を出せば見て見ぬふりをして、今自分はそんな人間じゃないと強がっていたのかもしれない。

こうやってメッセージを受け取ってくれている人たちがいるから、弱い自分でいちゃいけないということを思っていたのかもしれないと最近は考えてますね。

これはただ懺悔の音声でも何でもなくて、「俺は凄い人間でも何でもないんだ。むしろ底辺層にいる人間なのかもしれない」とも思いました。

さすがに底辺層は言いすぎかもしれないけど、こういう活動してると、いろんなことを考える機会に恵まれてるんですね。

日常の中で色んな自分の感情と向き合う瞬間が来るんですよね。

自分の中の弱い部分。醜い部分。卑しい部分。

いやらしい部分。色んな感情と向き合うことが多くて、そうすると俺は実は底辺層なんじゃないかってことをふと思うことがあるです。

ただこれは自己嫌悪に陥ってるわけでも、病んでるわけでもなくて、回り回ってそこにたどり着けたっていう感覚です。

僕自身前向きにこれを捉えることができている感覚が同時にありますね。

底辺は言いすぎかもしれないけど、大した人間なんかではない。

すごい人間なんかではない。

自己評価が高い人間なんかではない。

自分が思っているように思っているほど、自分は凄くないっていうことを認めて受け入れて、そこと向き合った後は、その事実と一緒に歩幅を合わせて前を向いて歩いていく・・・そういうイメージの話です。

それを踏まえた上で、できることをまた粛々とやっていこう。そういう気持ちになることができた瞬間に自分の中で何かが大きくパンって弾けてそういう感覚を覚えました。

言葉で伝えるのは、凄く難しいことかもしれないし、再現性があるかというと再現性はないような気がします。

何度も言ってるように、色んな経験をして、色んなことを経て、回り回ってこの感覚にたどり着いたという話なので、再現性があるかというと、再現性はないかもしれない。

けど、セルフイメージを高く持つ、自己評価を高く持つのが正解じゃないってことに僕自身気付いた昨今でございます、という話です。

これ聞いてる人もピンと来ないかもしれないけど、自己評価が高い自分が全てじゃないんだってことを頭の片隅に置いておいていただけると、この話をした意味はあるのかなと思います。

色んな経験を経て辿り着ける場所は一人ひとり違うかもしれないけど、僕らは同じようにひとりの弱い人間だっていうことですね。

それを認めた上で強くなろうとする。認めた上でさらにより高みに行こうとする。

これが僕は何より大事なんじゃないかなと思います。

自分を見失わないためにね。

ひいては、自分と関わる人たちのためにもなるのかなと思いました。

僕も心機一転というか、これまで以上に前向きにより高みを目指していけるんじゃないかなってという感覚を持つことができたので、シェアできてよかったなと思います。

ってことで、今回はこの辺で終わりにしたいと思います。

ではでは、ありがとうございました。

#194『今だから辿り着いた凡人のステージ』

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