どうも、Aunこと西祖です。
今日は「遊びが大事」っていう話をしたいと思います。
何の遊びかって言うと、別に友達と旅行に行くとか、飲みに行くとか、遊園地に行くとかそういう遊びではありません。
例えば、世の中の矛盾とか理不尽とかで不平等なシステムとか、そういうものの中に自分が立った時に「まあ、でもそんなもんか」って半分諦められるようなそういう心の余裕のことです。そういう意味での遊びの話ですね。
この感覚を持っていると持ってない人ってすごく差が大きいと思います。
この感覚がない、もしくは少ない人はとても生きにくいと思いますよ。
例えば、正義感が強い人とか結構そういう傾向にありがちで、自分の中で確固たる正義があったりするんですよね。
それは誰が聞いてもおそらく正論で、非の打ち所があんまりないようなことなんだけど、本人は「何でこの意見が通らないんだ」「なんで自分のまっとうな意見が通らずにチャラチャラしたような奴が評価されるんだ」みたいな。
そういうジレンマに苛まれてる人が結構多くて、会社とか友達の間とかでも、自分は正しいのに評価されない。あいつは間違ってるはずなのに、あんなにちやほやされてる。納得いかない。なんて思ってしまって神経すり減らしていく人って結構多いと思うんですよ。
始業時間は決められているのに、終業時間は守らせようとしないそんな会社はブラックだみたいな。そんな会社クソだみたいなね。
だけど、思うんだけど世の中そもそも白黒つけられるようなことばかりではないじゃないですか。みんな微妙に白よりのグレーとか黒よりのグレーとか微妙にグレーの部分でやってるわけです。
どんな商売だって、どんなことだってそうですよね。むしろ白黒はっきりとつけられるような事の方が少ないでしょう。
法律でもやっぱり裁判官にも私情みたいなものがあって、その人の癖みたいなもの出るわけで、法律レベルでも白黒付けられないわけですから、ほとんどの事がグレーゾーンの中で行われているんです。
世の中、理不尽なことたくさんあります。不条理なことたくさんあります。平等じゃないなって感じることだらけだと思います。
だけど、そもそも世の中ってそんなもんなんだから、しょうがないか。自分はやれることだけをやっていくしかないかっていう風に半分諦めて、後は受け入れられる人が僕は強いなと思います。
逆にそれが出来ない人はどんどん神経すり減らしていくし、人間関係もうまくいかないと思うし、嫌われちゃうし、周りから煙たがられちゃうんですよね。
なんで正しいことをやろうとしてる自分が評価されなくて、あんな適当なちゃらんぽらんしてる奴が人当たりがいいってだけで、差がつくんだろうみたいなことを言ってる人に限って、コミュニケーション能力なかったりするし、言葉にできない色んないやらしさとか気持ち悪さみたいなものがあるわけですよ。
それをみんな感じ取っているんです。
言葉には出さないけどね。
だから、「あの人なんとなく嫌だな」っていう評価になるんですよ。
この遊びがいい感じでバランスが取れているとすごく生きやすいです。」
僕は自分で言うのもアレですけど、僕はこのバランスかなり取れている方だと思うんですよね。
僕の友人とかも長く付き合っている人は結構バランス感覚いい人がほとんどだし、例えば和佐大輔。彼はバランスすごく良いんですよね。
体が不自由なんで、色んな不便とか理不尽に思うことって沢山あるはずなんだけど、でもそこを一切ストレスとして自分自身に負荷を与えてないんですよね。
それは彼がこれまで生きてきた中で見つけてきた1つのスキルなのかもしれないけど、恐らく元々そういう感覚を持ってたと思うんですよ。
大輔だけじゃなくて、僕の周りにいる人は大体このバランス感覚に優れてます。
そして、この人みんなから嫌われてるんだろうなーとか、誰も評価されてないんだろうなとか、生きづらそうだなって思ってる人ほど、この遊びがないです。
もしくは、遊びが広すぎる人は結構いろんなところで、人を傷つけたりとか自分自身が被害を被ってたりしますね。
なので、この遊びのバランスをちょっと考えてみて欲しいなって思いました。
納得いかないことも結構多いと思います。
僕もあります。
これはフェアじゃないだろうって思うことあるし、ここはちょっと白黒つけたいなと思うこともあるんだけど、そもそも白黒つけられない世界で生きてるんだと。
自分自身の存在自体が不安定で水モノみたいなそんな存在だって思ったら、そういう人間達が作ってる世界ってそんなに安定してるわけじゃないですよね。
こんな話をするとすごい哲学っぽくなっちゃいますけど、抽象度を上げればどんな捉え方もできるので、それは置いとくとして。
基本世の中は不平等だし不公平だと思うんですよね。
まあ、僕は個人的には平等だと思ってますよ。誤解がないように言っておくとね。
例えば、金持ちの家庭に生まれる子がいるし、貧乏な家庭に生まれる子がいますよね。どんな子供でも生まれる瞬間までどっちの家庭にも生まれる可能性の波の中にいたわけですよ。
そういう意味では僕は世の中極めて平等だなと思うし、金持ちに生まれた子がそのまま幸せな人生を送るとは限らないし、貧乏に生まれた子はそのまま不幸な人生を送るかって言うとそうじゃなくて、その逆だってもちろんあるわけですよね。
それ考えたら、何が幸せで何が幸福かなんてわからないわけです。
いろんな可能性の中に身を置けている事自体が僕は平等だと個人的に思ってるんだけど、表面的な日常生活レベルを考えるとやっぱり不平等だなって感じることだらけですよ。
白黒は付けられない。
白黒つけようとするからストレスに感じるわけだし、それって凄く損じゃないですか。
だから、そのぐらいの遊び感覚・余裕を持って、何事にも取り組むともっと楽にやれるんじゃないかなと思いますね。
僕の知り合いとかで本当に付き合いの長い親友と言っていいぐらいのやつが一時期そういうところで心を病んで、うつ病になったりとかありました。
それにすごく長い間苦しんでたし、今も少しその気があるんだけど、もったいないなって思いますね。
なので「遊び」を持ちましょう。
その方が楽です。
ということで、今回は以上。
ありがとうございました。