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#140『ADHD』

2019-01-28 Mon.

どうも、Aunこと西祖です。

2日前の話なんですけど、神戸にいる友人の和佐大輔が新年会を開いたので、ちょっと顔を出してきました。

彼と会うのも1年ぶりぐらいということで、かなり久しぶりだったし、セミナーと新年会ともに100人ぐらい集まっていましたね。

本当にいろんな人がいて、初めて会った人もたくさんいたし、僕のことを知ってくれてる人たちもたくさんいました。

あと、昔からの仲間とか、ビジネスの先輩とか、いろんな人がいてすごく盛り上がって、わざわざそのためだけに、神戸まで行って良かったなと思いました。

で、セミナーが2時間ぐらいあったのだけど、そこで1つ気づいたことがあります。

前々から「ちょっとおかしいな」とは、どことなく思っていたんですけど、改めてはっきりと認識したことがあります。

それは何かと言うと、僕は長時間じっとしておくことがすごく苦手だということです。

これはADHDと呼ばれる症状で、僕は完全にそれなんですよね。

ADHDとは「注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害」とも呼ばれ、不注意(集中力がない)、多動性(じっとしていられない)、衝動性(思いつくと行動してしまう)といった症状が見られる障害。

とにかく集中力が本当に続かないんですよ。

だから、モジモジしたり、席を離れて後ろの方に行ってゆっくりしたいなと思ってみたりとかするんですよね。

ただ僕がモジモジしていたら、横の人が気になるだろうから、できるだけじっとしておこうとはするんだけど、それがすごく苦痛だったりするわけです。

これ今思い返すと、小学生の時からそうだったんですよね。

小学4年生の時の話なんですけど、担任の先生がちょっと熱血な人で、クラスで問題があったりすると、帰りのホームルームの時に、瞑想の時間を設けて、10分ぐらいピクリとも動いちゃいけないみたいな時間がありました。

「この10分間で何かそれぞれ思うことを、思い思いに考えなさい」みたいな時間を、やたら作る人だったんですね。

その時間が、苦痛で苦痛でたまらなかったです。

「10分ってこんなに長いの?」と思っていました。

僕にはそういう気質があります。

忘れ癖は昔からだったし、ただ集中力がないとか、じっとしておけないということを認識する機会が独立してからなかったので、改めて思った次第です。

こないだ師匠と飯食ってた時に聞いたのですが、師匠の息子が今そういう機関で働いてるらしいんですよ。

それで師匠に「お父さんはADHDだよ」と言ってきたということを、師匠の口から聞いて「言われてみれば、当てはまるとこは沢山あるし、なんか俺ADHDらしいぞ」って言われたんですね。

その時「僕もですよ」って話をしました。

結構身近なところにいるもんだなと思いましたね。

なんか周りから見ると普通に生活しているように見えるみたいですが、よく考えるとすごく不自由だと思います。

集中力が続かない、じっとしとけない、衝動性がある、多動性がある、忘れ物が多い、忘れ癖があるなどなど。

これがあると、すごい日常生活に支障をきたすんですよね。

もっと言うと、人生に支障をきたすんです。

本題ではないのですが、僕の息子にもその気が完全にあるのは分かってるし、僕の血を引いたんだなと思うわけですが、僕はそれに加えて吃音者でもあるわけです。

だから、よく考えると僕は吃音+ADHDなんですよ。

そうでふと思いました。

なにを思ったかというと、このライフスタイルじゃなくて、いわゆる普通の生活サラリーマンの生活だったとしたら・・・と考えるとゾッとするわけです。

今とは全く違う人間だったなとも思います。

今の仕事だったからこそ、結果論として吃音もこれだけ改善したところもあると思うし、まあサラリーマン時代から随分改善の道には入っていたんですけど、この仕事だったからこそより吃音がコントロールできるようになった気がしています。

ADHDという不自由さを忘れられるほどに縛られることがないし、この仕事をさせていただいているおかげで、ありがたいことに、怒られることよりも笑い飛ばしてもらえることの方が多いですね。

なんにせよ、時間が大切だということです。

お金ももちろん必要なのだけど、時間があればお金を生み出せますよね。

お金を稼ぐ方法は色々あるから「時間がない」が1番辛いことかなと思いますね。

僕は「時間=命」だと思っているし「時間=可能性」だと思ってるんですね。

だから時間がないのは、可能性が極端に狭くなっている状態だとも思うわけですよ。

本来ならばできていたチャレンジが出来なかったり、本来ならば身につけられていたスキルが身につけられていなかったりするということです。

しかし、時間がないという課題を持っている人が多いと思います。

人それぞれその度合いは違うかもしれないけど、「時間がないんです」って声はよく聞きます。

でも、時間は自分で生み出すものです。

これは否定のしようがないと思います。

とはいえ、「分かっているけど、どうすることもできないんですよ」という人もいるんですけど、それがヤバいんですよ。

要は自分ではどうにもならない問題なんだよと言ってるわけです。

「自分ではどうにもならないぐらい時間がない」いうような縛られ方をしている人は、怒られるかもしれないけど、幸せにはなれないと思います。

なぜなら、それが原因でいろんな可能性を閉じているからです。

幸せはやっぱり自分の可能性をちょっとずつ開いていくことで、それで周りの人たちも幸せになっていて、自分も幸せになっていくことだと僕は思っているんで、可能性が開かれないまま過ごしていたのでは、幸せになれないと思うんですね。

その可能性を開くためには、時間が必要だということです。

吃音者そしてADHDという人生に支障をきたすほどの障害を持ってる僕が、今こんな風に生きることができているのは、やっぱり時間を自分で作ったからだと思うんですね。

それに尽きると思います。

時間をどれだけ生み出すことができるか。

これを考えて、そこを基点にいろんな発想を広げていって欲しいなと思いますね。

ビジネスで成功したいから
恋愛を充実させたいから

などなど。

いろんな悩み・問題があって、それと同じ数だけ目標があると思うんだけど、その軸にいかにして時間を生み出すかという発想で取り入れてもらえたら、抽象度が上がって、すごく色んなものが見えてくるんじゃないかなとも思います。

時間があれば僕は何でも出来るんじゃないかなと思っています。

お金の悩みとかいろんな悩みが、時間があることによって解決します。

スキルを身につけるには、やっぱり時間が必要なんです。

ということは、時間があればどんなスキルでも身に付くし、どんなことできるようになると僕は思っているんでね。

そこをちょっと意識してやってみてほしいなと思います。

ということで、今回は以上になります。

ありがとうございました。

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